まず、「暗殺者のパスタ」がどんな料理か説明していこう。
材料はパスタ、トマトペースト、トマトピューレ、ニンニク、唐辛子、塩、オリーブオイルだけ。いたってシンプルなのも人気の理由だ。
YouTubeのレシピ動画が人気の、イタリア出身で日本在住の料理人、マクリ・マルコさん(26歳)が説明する。
「材料はとてもシンプルだけど、暗殺者のパスタは作り方がめちゃくちゃ変わっています。最初にパスタを茹でない。パスタが固いままの状態からフライパンで焦げ目がつくまで焼くんです」
フライパンで、ニンニク、辛みの強いカラブリア唐辛子をオリーブオイルで熱し、香りが立ってきたところでトマトペーストを加えて、パスタを入れる。

ウワサの「暗殺者のパスタ」ってそもそもイタリア料理? おいしいの? ブーム火付け役の料理人が明かす日本でも大バズりのワケ
最近、料理好きの間で話題となっている「暗殺者のパスタ」。恐ろしい名前のパスタ料理だが、イタリアンのシェフ、料理研究家らがYouTubeやTikTokなどにレシピ動画を次々とアップしている。暗殺者のパスタとは何か? 本場イタリアと日本の人気の温度差は? 日本におけるブームの火付け役であるイタリア出身の料理人に話を聞いた!
イタリアでは邪道? 油で焼くパスタ



パスタに焦げ目がついたら裏返し同じようにおこげがついたら、鍋でトマトペーストを溶かした湯をフライパンに少し注ぎ、つぎ足しながらパスタを茹でていく。
「ソースがドロリとしてきたら完成。ところどころ焦げ目がついたパスタは、毒々しい赤みを帯びています。
そして、食べれば死にそう!というくらい辛い。だから、暗殺者のパスタと名づけられたとされています」
本場イタリアでは、基本的にパスタを油で炒めることはしない。繊細な小麦の風味や食感を何よりも大切にしているからだ。
しかし、高温の油で調理する暗殺者のパスタはB級グルメではなく、れっきとした郷土料理だというから面白い。
小説、映画をきっかけにイタリアで知名度アップ
そもそもこの暗殺者のパスタ、イタリア半島の“ブーツのかかと”、プーリア州バーリにある「AL SORSO PREFERITO」というレストランが1960年代に提供したのが始まりだ。近隣には同じメニューを提供する店が10店ほどあるという。
マルコさんの生まれ故郷はすぐ隣、“ブーツのつまさき”カラブリア州だ。
「プーリアとカラブリアの料理はよく似ています。新鮮な魚介類に恵まれ、唐辛子やオリーブオイルをよく使うし、採れる野菜も同じようなもの」
暗殺者のパスタは現地では馴染み深いのだろうか。
「正直、イタリアで流行るまで知りませんでした。きっかけは、2005年発売のガブリエラ・ジェニーシという作家が書いた小説、その名も『Spaghetti all'Assassina(暗殺者のパスタ)』です。
サスペンスもので面白いと評判になり、イタリア国内でけっこう売れたんです。2021年には映画化もされました。
小説と映画作品の知名度が上がっていくとともにパスタ料理の暗殺者のパスタも有名になっていきました」

マクリ・マルコさん
プーリア州の郷土料理がイタリア国内で今さら話題になるのは不思議な気もするが……。
「イタリアでは日本みたいに外食の選択肢も多くないし、コンビニも全然ありません。なので、基本的にみんな家で食事をします。
統一国家までの道のりも長かったので、他の地域の料理を食べる機会もあまりない。マンマ(母)がつくるのはその土地の素材を活かした伝統料理です。
暗殺者のパスタが、2000年代までイタリア内でもあまり知られてなかったのは、そうしたイタリアの歴史的、文化的背景があるからではないかと考えます」
イタリアより欧米や日本でブームに
欧米を中心に暗殺者のパスタがじわじわと注目されるようになったのは2020年頃。
アメリカの人気YouTubeチャンネル『Pasta Grammar』で紹介され、多くの人が興味を持つようになった。
マルコさんが自身のYouTubeにレシピ動画を投稿したのは2022年11月末で、再生回数は274万回超え(2023年3月15日時点)に。日本におけるブームの火付け役だ。
「僕がこれまで投稿した動画の中でも再生回数は群を抜いています。ここまでバズったのは、YouTubeのアルゴリズムのおかげでしょう。
海外で先に流行っていた暗殺者のパスタが、僕の動画で瞬く間に日本で拡散されていきました。それに『暗殺者』というインパクトのあるネーミングの影響も大きいですね。
英語圏では『Killer Pasta』とも言われているようです。なんだか物騒な感じがするので、僕は日本人向けに『おこげパスタ』と名づけたんです(笑)。そっちのほうが料理のイメージが湧きやすいと思うんですよね」

イタリア料理には比喩を用いたものが多い。アラビアータ(怒りん坊風)、スカルパリエッロ(靴職人風)、ボスカイオーラ(木こり風)など。イタリア料理ならではのネーミングの面白さも、暗殺者のパスタの流行に一役買ったに違いない。
実は知られていない本場のイタリア料理
本流とは違う料理でもきっちり丁寧に。そこからイタリア料理の奥深さが見えてくる――。
筆者も暗殺者のパスタをつくってみた。焼きそば、焼うどんの要領で簡単につくれそうだが、レシピ通り忠実に再現しようとするとなかなかテクニックがいる。
最初にパスタを焼く段階で、オリーブオイルとトマトピューレに触れた部分にじっくり火を通し、キャラメリゼされたように香ばしさを出すのが難しい。
焦げつくのを恐れて火力を弱めると締まりのない味になる。香ばしさを引き出そうと火力を強め過ぎればトマトの風味が損なわれ、パスタもぼろぼろになってしまう……。
「僕の動画を参考につくってくれた暗殺者のパスタの写真がSNSにたくさん投稿されていて、うれしいかぎりです。
料理をする楽しさを知ってもらえたら、次はシンプルな料理の中に込められたポイントを理解してもらいたいです。
ニンニクの切り方やおこげのつけ方、ソースの煮詰まり具合など、素材に敬意を払い、持ち味を最大限に活かすのがイタリア料理の神髄です。
このレシピをきっかけにイタリア料理に興味を持ってくれる人が増えてくれることを願っています」

すでに日本各地にイタリア料理店があり、アラビアータやカルボナーラといったパスタ料理は知れ渡っているような気もするが、マルコさんは言う。
「例えば、カルボナーラがだいたいどんな料理なのか日本のみなさんはイメージできると思います。
ただ、イタリアでは生クリームを使わないし、ベーコンでなくグアンチャーレ(豚頬肉の塩漬け)なんです。それは知らない人が多いと感じます。
暗殺者のパスタのブームは、イタリア人の料理人の僕にとって、伝統料理をみなさんに伝える絶好の機会ではないかと思っています。
興味を持ってくれたら、愛を込めてつくってみてください!」
取材・文/小林 悟
写真提供/マクリ・マルコ
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