【漫画あり】10年ぶりに復活の『静かなるドン』。作者・新田たつおはなぜ連載再開を決意したのか? 「昔は怖い大人がいて、本気で怒ってくれた。本気で怒る大人がいれば、こんなひどい世の中にはなってない。静也にそれを言わせたいなと」
“下着メーカーの平社員”と“関東最大の暴力団・新鮮組の総長”というふたつの顔を持つ近藤静也が、様々な問題にぶつかり、それを解決していく姿を描いた不朽の名作『静かなるドン』。2013年に「漫画サンデー」(実業之日本社)で24年にわたる長期連載を終えた同作が、10年の時を経て「グランドジャンプ」(集英社)で再始動する。新作『静かなるドン もうひとつの最終章』を描くことを決意した理由を、作者の新田たつお氏に聞いた。(前後編の前編)
「静かなるドン」新田たつおインタビュー#1
結核で死にかけた15歳。「国は俺を助けて得したな」
――このたび、「グランドジャンプ」で『静かなるドン』の新作がスタートすることになりました。
2、3年くらい前から電子書籍で『静かなるドン』が、ケタ違いに売れ出してね。どうしたもんかと思ったら若い人が読んでくれているっていうことで、だったらまた描いてみたい気持ちになりました。
初めは、10年前に終わった漫画をなんでそんなに面白がって読んでくれているのかと、不思議でしょうがなかったけど、どうやら読み出すと止まらなくなる麻薬性のようなものがあるみたいなんですよね。

仕事場にて『静かなるドン』復活の真相を話す新田先生
――電子書籍でヒットしたきっかけというのはあるのでしょうか。
いまほど売れてないときでも、3か月にいっぺん電子書籍の印税はそれなりの額が入っていたんですよ。だったら、もう描かんでもええかなって思ってた(笑)。
それが、あるときから桁がひとつ違うわけ。月によっては、それがもっと多くなったりして。「どうしてかな?」と担当編集に聞いたら、ある漫画アプリが仕掛けたと言うんだよ。
長編ものだから60巻まで無料にして、続きが読みたくなる気持ちを狙って課金してもらおうってことでね。それが当たったんだ。そんなに売れてるならってことで、他の電子漫画アプリも『静かなるドン』を配信しはじめて、とんでもないことになった。

連載開始時には生まれていなかった若年層を取り込んだことが人気爆発の一因 ©新田たつお/実業之日本社
――2020年には、電子版の売り上げが年間6億円にものぼったそうですね。
日本テレビ系列で『静かなるドン』のドラマ(1994年・主演:中山秀征)をやっていた全盛期と同じくらいの規模ですよ。とはいえ、多くはそのまま税金だからね。まあ、右から左へ素直に払ってますよ(笑)。
俺、15歳の頃に結核で死にかけてね。貧しくて粗末なものばかり食べてたんでしょうね。それで入院したんだけど、結核って、法定伝染病で医療費がほぼかからないんです。だからいつも「国は俺を助けて得したな」とギャグで言ってます。
俺が死んだら今頃こんなに税金は入ってこなかったんだぞってね(笑)。
「Twitterにドンのファンが結構いるよ」
という娘の一言がきっかけ
――連載再開に先駆けて、昨年10月に発売された「グランドジャンプ」21号(集英社)で、読み切りの「世田谷イチ古い洋館に来た静かなるドン」を描かれました。
漫画家の山下和美さんが保存活動をしていた洋館(旧尾崎邸)の話で14ページの読み切りを描いたんだよね。そのときは新作を描こうとまでは思わなかったけど、それの反響がけっこうあってね。14ページでこんなに喜んでくれるなら、やってみようかなと思ったんです。

9年ぶりに『静かなるドン』を描いた読切「世田谷イチ古い洋館に来た静かなるドン」 ©新田たつお/集英社
――反響はどこでチェックしているんですか?
俺はデジタルはまったくわからないんだけど、娘が「Twitterにドンのファンが結構いるよ」と教えてくれて。それが1年ぐらい前かな。若い人が読んでくれていたり、こういう風に読んでくれてるんだってことがわかってきて、その意見の中に『静かなるドン』の最終回を「意外と寂しい終わり方なんだ」といっている人がいた。
だいたいヤクザものなんて、そうやって寂しく終わるもんで、その後は読者の想像に任せますよって感じだったんだけど、秋野と静也の行方をもう少し知りたいという人がいるみたいなんで、だったら『静かなるドン もうひとつの最終章』という形で描こうかなと思いつきました。

「9年ぶりだけど、意外と描けるもんだな(笑)」と新作を鋭意執筆中
――新作の構想はだいたい固まっているんですか?
細かい部分はこれからだけど、とりあえずパラレルワールドみたいな形で、もう一つのお話として描こうと思っています。
『トップガン マーヴェリック』がめちゃくちゃ面白くて、映画館で3回くらい観て、円盤も買ったんですよ。どうせアメリカの軍事産業の宣伝みたいなもんだろうと思ったけど、それを抜きにしても人間ドラマとしてよくできてる。ああいった単純に面白いものが描きたいなと。難しいことはあまり描きたくないので、陰謀論はもうやめました(笑)。
絶対に裏切らない「男の友情」を描きたい
――読者としては、そこも面白く読んでいるところではありました(笑)。
今回は、龍宝(国光)と鳴戸(竜次)にスポットを当ててこうかなと思っていてね。あのふたりは水魚の交わりみたいな契りを結んでますよね。なんであそこまで仲がいいのかという、その背景を描こうかなと。龍宝がなんであれだけの狙撃技術を持っているかという理由も明かされます。
あとは、静也の仕事も下着会社のデザイナーからゲームメーカーに変えました。そこは時代の変化もあってね。だから、エロもあまり入らない。そういうのを狙っている漫画じゃないから。もともと俺が描きたいのは、男の友情みたいなものなんです。
いまの若い人は、絶対に裏切らない関係に憧れるんじゃないかと思うんですよ。だからそういった男同士の話を描きたいたいと思っています。

ファンの間でも人気の高い龍宝と鳴戸 ©新田たつお/実業之日本社
――静也の説得力ある名言も作品の魅力です。新作でも期待していいでしょうか?
そうですね。いまはヤクザが減って、半グレが増えている風潮があると思います。特殊詐欺にしても、半グレがやってる場合もあるらしいけど、上にもっと悪い奴がいたりもするんだよね。盃をやらずに悪いことをさせてるヤクザもいるって話も聞きます。だから新作の1話目から半グレを出して、それはどうなんだろうっていう話を描こうと思っていて。
いまの若い人はかわいそうな感じもするんですよ。昔は怖い大人がいて、本気で怒ってくれたでしょう。本気で怒る大人がいれば、こんなひどい世の中にはなってないと思うんです。だから、静也に「お前らも可哀想にな、昔は怒ってくれるやつがいたのに」ってことを言わせたいなとひとつ考えています。

連載再開1話目の近藤静也 ©新田たつお/集英社
――久々に『静かなるドン』を描いてみていかがでしたか?
去年の読み切りが9年ぶりだったんだけど、意外と描けるもんだなと思いましたよ。でも、やっぱり腕は鈍ってましたね。
「グランドジャンプ」は隔週誌だし、俺は速いから余裕で描き進められるんだけど、バック(背景)までひとりでやるのは無理だよね。いまの漫画のレベルでひとりですべて描いてる人って、相当命を削ってると思います。
前はうちもアシスタントが3人いたんだけど、連載終了したときに退職金を渡して解散しちゃったんだよ。みんな別のところで仕事をしてるから、すぐには戻ってきてくれないでしょ。そこはなかなか苦労しています。今後のドンの生命線は、ひとえにアシスタントにかかってるんじゃないですかね(笑)
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取材・文/森野広明 撮影/松田嵩範