バクのあそこは哺乳類一大きくて、アホウドリは生涯で60回子育てする!? ドリアン助川、構想50年の渾身作は、動物の叫びが心を揺さぶる21の物語
「青春と読書」で連載された21篇を書籍化した新刊『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』を発表したドリアン助川さん。ベストセラー小説『あん』の著者としても知られる彼は、なぜ動物と哲学を掛け合わせた”寓話”を紡ぐことになったのか。構想50年の背景を聞いた。
確かなリスの不確かさ#1
「構想50年」はあながち誇大広告ではない
──ドリアン助川さんは現在61歳ですが、『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』の帯には「構想50年」とあります。これはどういうことでしょう?
ドリアン助川(以下、ドリアン) 僕は東京で生まれましたが、小学1年生から兵庫県の芦屋と神戸というところで育ちました。通学路に猪が出るようなところで、野山に入って動物を探したり、どんぐりで遊んだりすることが好きな子供でした。人間社会にうまく対応できなかったので、動物の研究者か飼育員になるものだと思っていたくらい。
そんな自分を持て余していた高校時代に出会ったのが、倫理社会でした。教科書を開くと
自分の苦悩に答えを与えてくれそう悩み深き哲学者たちがたくさん出てきて「あ、こういう人たちのことを勉強できるのか」とすごく嬉しく思ったんです。
不器用に生きてきましたが、この年齢になって本当にやりたかったふたつが純粋に残った感じ。ですから構想50年というのは、あながち誇大広告ではないんです。

──人間社会に対応できなかった、というのは?
ドリアン 教室でじっとしていられなかったんです。よく授業中に学校を抜け出して山へ行き、ススキの中でじっと隠れたりしていました。自分でもよくないなとは思うんですけど、みんなと同じことをする構図が耐えられなくて。それよりも「石をひっくり返したらどれだけ気持ち悪い虫が出てくるんだろう」とか、「ムカデはいるかな」と考えるほうがワクワクする。
だから、てっきりそういうジャンルの専門家になるものだと思っていたのに、だんだんと色気が出てきてしまって。ミヤマクワガタの艶よりも女の子の艶のほうがいいなとか、いつの間にか普通の社会の一員になっていました(笑)。
アホウドリは約60年生き、メスは60回妊娠する!?
──「青春と読書」で連載された際のタイトルは「動物哲学童話」でしたね?
ドリアン 40代の頃から本格的に物語を書き始めましたが、“小説”という枠はどうも違うなという気がしましてね。たとえば『星の王子さま』とか『銀河鉄道の夜』も、童話の体裁をとっているけど読者は大人ですよね。僕自身も、大人に読んでもらえる童話や寓話のようなものを書くことが、自分に一番フィットしていると自覚したんです。
ただ、連載中には「子供に読ませたけどわからなかった」という問い合わせが何件かきました。大人に向けて書いているから、当然ですよね。
熱心な読者からは、今まで僕が書いた本を含めて「これが最高だ」と言ってくれた人もいますし、「まったく手を抜かず、楽しんで書いていることが伝わってくる」と言ってくれた人もいました。すごくいい反響がありましたね。

──前半が日本編、後半が南米編ですが、動物の意外な生態に驚くことも多かったです。第10話に登場するアホウドリは約60年生き、メスは生涯で60回ほど妊娠・子育てをするそうですね?
ドリアン いやあ、びっくりしますよね。しかも子育てをしながらちゃんと“渡り”もする。そういった動物に関する記事を見つけるたびに、15年前くらいからノートにスクラップしてきました。もうひとつ、高校の頃から哲学者の思想をまとめたノートがあるんです。ふたつのノートを見ながら、どんな組み合わせが面白いかというところから入るんです。
ただ、物語が生まれるのはいろいろ調べたあと。1週間くらいその動物の気持ちになって意識的に過ごしてみると、どんどんと物語が広がっていくんです。
──土を掘り続けることに疑問を抱き、生きる意味を見つけられないモグラを主人公にした第8話には、哲学者カール・ヤスパースの「限界状況」(死や罪など、どうにもならない壁に出くわすこと)が登場します。ビジネスパーソンにとっては、シンパシーを抱く内容だと思います。
あらためて考えてみれば、土を掘るという行為自体にはなんのおかしみもないとユーさんは思いました。掘りながら笑ったことは一度もありません。それでも、闇のなかでずっと掘り続けてきたのです。つまらないと言われてしまえば、本当につまらない人生、というかモグラ生だったのです。しかもモグラである以上、今後もずっと掘り続けるのでしょう。
ドリアン 主人公のモグラのユーさんはつまらない日常を変えようと、日記を書いたり、お酒を飲んでいるモグラと出会い、結局は答えを見つけられずにがっかりします。家に帰れば妻も冷たくて……。最後には、やけになって猛然と土を掘り始めるのですが、その穴が大きな円を描くんです。
ヤスパースは、自分の命に関わるような限界状況に接したときに初めて、神との対話があると言っているのですが、そういった偉大な祝福の声が聞こえてくるような、大きなゴールを物語の最後に用意しました。
ちなみにモグラが聞く「ヘイ、ユー!」という人間の声は、左とん平の『ヘイ・ユー・ブルース』です。それを読んで、何人が左とん平を思い出してくれるかな(笑)。
──そうだったんですね、気づきませんでした(笑)。ちなみにドリアンさん自身は、仕事において限界状況を経験したことは?
ドリアン ありますよ。20代の頃はフリーランスの放送作家でしたからね。扱いはこの世のゴミ以下でしたよ(笑)。テレビ局で番組の台本を書いていると、出演するアイドル宛にトラックでチョコレートが運ばれてくるんです。「メンバーごとにわけて置いておいてくれ」と言われたこともありました。やらなかったですけどね。限界状況は何回も経験しています。
哲学を知ることは自分の場所を作ること
──第13話は、哺乳類の中で一番あそこが大きくなるという、オスのバクが登場します。メスのバクに出会い、交尾をするまでの描写がドラマティックでユーモラスでした。
バク青年のつながるためのトゥーボが大きくなり始めました。なんだか頭がくらくらしてきます。鐘が鳴り続けます。バク青年には自分の脊椎に沿って咲こうとしている無数のワイルドフラワーさえも見えるようでした。そのときです。「乗らせていただきなさい」と、だれかのささやきが聞こえたのです。
ドリアン 体長2mほどのバクの場合、大きくなったあそこの長さは1mに達するとか。体の大きさに対するあそこの大きさは、哺乳類の中でバクが一番なんです。不思議ですよね。でもそれは決して、本人が選んだことではありません。
いわゆる性欲を飼い慣らしたり押さえつけることは、誰もが経験していることだと思いますが、それでも抵抗できない何かが私たちを貫いている。社会的な規約も大事ですが、命は何かに与えられたものであること、そして私たちの中にも宇宙の摂理があるという理解でこの物語を書きました。
ですので、メスと出会ったときに「やりたい」じゃダメなんです。そして「乗る」のではなく、「乗らせていただく」という敬語で表現しなければ(笑)。

──哲学についてまったく知識がなくても楽しめますが、最終話の21話を読むと、スピノザから老子まで、古今東西の哲学・思想が各ストーリーに落とし込まれていることが明かされます。
ドリアン ただ、ある哲学者の考え方の一端を僕流に処理した物語もあるので、どのエピソードが誰の思想なのか、すべて明確に言えるわけではないんです。バクの物語は僕自身の思想ですしね。
この物語に登場する哲学はイロハのイですから、気に入ったものがあればぜひ深めていただきたいと思います。
──哲学を知れば、生きやすくなるのでしょうか?
ドリアン 老子は、学べば学ぶほど苦しくなると言っています。ただ、生きやすさと直接関係するかはわかりませんが、僕にとっては居場所を作ることができたと思っています。
会社に机があるから、自宅に部屋があるからと言って居場所があるかというと、そうでもないんですよね。
僕の場合は動物と思想家たちへの強烈な情熱を、寓話という手法を使って表現することができる。それこそが居場所ですし、少なくとも、書いている間は生きていくことができます。幸運だったなと思います。
ライフワークとして書き続けていく
──ドリアンさんは大学教授でもあります。若者たちと接する中で、ご自身の若い頃との変化を感じることはありますか?
ドリアン 圧倒的に違うのはデバイスですよね。例えば私たちが学生時代の卒業論文は、原稿用紙に万年筆かボールペンで書いていました。今の学生はワードで書いたものを提出するわけです。すると何が起こるかというと、専用ソフトを使ってキーワードを打ち込むと、一瞬にして何%ネット上の記事を引用しているかがわかってしまうんです。私の頃は7割引用しても、うまくやればバレなかったのに。
なおかつSNSを通したコミュニケーションが当たり前なので、その中の言葉で傷ついたりしてしまう。現象としては随分違うと思いますが、ほとんど変わらないのは、やっぱりどうやって生きていくかということ。居場所を見つけるという意味では、悩みは同じだと思います。
──長年ラジオでお悩み相談を担当して来られましたが、『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』は、悩みを持つ人のヒントにもなりそうですね。
ドリアン 結果的にはそうなるかもしれません。この世の中は、いろんな思想や派閥が共生している森のようなもの。僕が人生相談を受けるとき、その共生を壊すような排他主義や差別は否定しますが、それ以外は、自分と違う考えを持つ人でも“迎える側”でいたいと思っています。
この物語には人類の思想史と自然の摂理が入っていますので、きっと悩みにピッタリのエピソードが見つかるでしょうし、思想の森を味わっていただきたいです。
──『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』は、キャリアの中でどんな位置づけになるのでしょう?
ドリアン 僕にとってはとても大きな意味があります。10年前に発表した『あん』は世界中で翻訳されましたし、重要な作品ですが、今は寓話のスタイルに賭けるものがあります。動物と哲学に関しては、ライフワークとして今後も書き続けていくつもりです。
──かつてはロックバンド「叫ぶ詩人の会」のコワモテボーカリストとして注目を集めたドリアンさん。新宿ゴールデン街など酒場のイメージも強いですが……。
ドリアン まあ、ゴールデン街もある意味、人間動物園でしたけどね(笑)。今住んでいるのは神奈川の里山。歩いているだけで物語がいくらでも転がっているんです。ネオン街が好きだった時期もありましたが、子供の頃に好きだった自然界ってやっぱりいいなと、この歳になって改めて思っているところです。

取材・文/松山梢 撮影/下城英悟
『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』

2023年10月26日発売
2,000円(税込)
四六判/304ページ
978-4-7976-7437-8
動物の生態に哲学のひとさじ。
映画化された世界的ベストセラー『あん』のドリアン助川、構想50年の渾身作!
動物の叫びが心を揺さぶり、涙が止まらない21の物語。
哲学の入門書よりやさしく、感動的なストーリー。
どんぐりの落下と発芽から「ここに在る」ことを問うリスの青年。衰弱した弟との「間柄」から、ニワトリを襲うキツネのお姉さん。洞窟から光の世界へ飛び出し、「存在の本質」を探すコウモリの男子。土を掘ってミミズを食べる毎日で、「限界状況」に陥ったモグラのおじさん。日本や南米の生き物が見た「世界」とは?
ベストセラー『あん』の作家が描いたのは、動物の生態に哲学のひとさじを加えた物語21篇。その中で動物のつぶやき、ため息、嘆き、叫びに出遭ったとき、私たち人間の心は揺れ動き、涙があふれ、明日を「生きる」意味や理由が見えてくる!
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