筆者はファイナンシャルプランナーとして個人で活動を始めて今年で11年目になります。
普通の人に比べれば圧倒的にお金のことを考え、また多くの方のお金の悩みを聞いてきました。そして、22歳から27歳までは役者として活動し、まったくお金のない時期も経験してきました。そんな自分の経験や知識をもとに、あまり多くは話してこなかったお金の本音を話したいと思います。
まず、近年流行っているFIRE(「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとった言葉で、直訳すると「経済的自立と早期リタイア」)については正直、まったく憧れはありません。
お金があっても悩みは尽きませんし、やりたいことがあるなら今やる方がいいと思うからです。現代人はお金に対して期待を抱きすぎだと感じます。お金は人生の悩みや不安をすべて解決するほど万能なものではありません。
「FIREなんてクソ喰らえ!」お金のプロが教えるお金の本当の価値「お金でできることよりも、お金だけではできないことの方が多い」
ファイナンシャルプランナーとして活動として、知ったことはお金で、「できること」より「できないこと」が多いことだ。しかし、多くの人はお金は魔法の道具であり、お金があればすべてがうまくいくと信じている。果たして本当にそうなのか?
30代で知らなきゃアウトなお金の授業#20【最終回】
FIREにはまったく憧れないというのが本音

お金だけでは絶対に買えないもの「人の心」
当然FIREについては、トリニティ・スタディ(Trinity study)のレポートを読んだり、関連する書籍を読んだりしていていますが、あれは完全に高収入の人間が資産家の仲間入りをするための一つの手段であり、中所得層が資産家を目指すルートではないと思っています。
しかし、そのFIREに亜種が生まれ、FIRE達成可能な目標金額が下がっていることには、完全にブームを感じますし、多くの人がリタイアという遠い存在に憧れるのは、まさに「遠くのものは小さく、きれいに見える」証拠だと思います。
人が遠い存在を美化し、憧れることができるのは、遠い存在すぎてそこにあるであろう苦痛を想像できないからです。多くの人は「見えないもの」を「存在しないもの」と勘違いします。金融系の話をする人がよく「リスクを見つけられない」だけなのに、「リスクがない」と勘違いするのと同じです。
僕自身は幸運にも様々な人と話をする機会があったので、働きながら老後に資産を1億円以上準備してきた人や、20代で成功し資産を5億円以上持っている人と話をしたこともあります。つまり、いわゆる遠い存在と話すことができているから、そこに憧れを持てないのかもれません。
一般的な感覚で言えば、退職時点で1億円があるのにお金の悩みを持つのは不可解だし、20代で資産が5億円以上ありながら悩みを持つのは不思議に感じるでしょう。
しかし、どんな人であれ悩みを持っています。悩みとは少なくすることはできても、なくせないものであり、彼らはお金の悩みは少ないけれどもお金以外の悩みを多く持っているのです。
「生きている目的がわからない」と言う億万長者
例えば、若くして成功し多くの資産を持つ人は「なんのために生きているかわからない」と言っていました。正確には、かつてのように目標を持てないと言いました。実現できないと思っていたあまりにも大きい目標を達成してしまうと、人生に虚無感を感じるようになります。
次元の小さい話で申し訳ないですが、僕のYouTubeチャンネルの登録者数は約12万人ですが、かつてYouTubeで発信を始めて半年で1,000人程度の登録者数だった自分にとっては、1万人の登録者数でも大きな目標であり、10万人は達成できないような目標でした。
しかし、いざ10万人になると次に100万人を目指すモチベーションは生まれなくなります。他人から見れば、100万人、1,000万人と上を目指せというかもしれませんが、ここまで来ればただの数字遊びであり、心からワクワクする目標ではなく、形上の目標でしかなくなります。
20代で資産を多く築いた彼は、もはや死ぬまでに使い切れないお金を持ち、残りの長い人生をどうやって生きるかという悩みを持っています。ショーペンハウアーは「人生とは苦痛と困難で満たされ、そこを抜けた先には退屈が待っている」というようなことを言いました。

お金だけでは絶対に買えないもの「知識・教養」
そして、大きな悩みを解決できれば、大きな悩みがあったときには気にならなかった小さな悩みを気にするのが人間というものです。工事の音がうるさくてストレスだった人も、工事が終わると今度はハトの鳴き声がストレスになるようなものです。
僕たちは大きい悩みで小さい悩みを認知できていないだけなのですが、それを、目に見える大きい悩みを解決すれば人生は素晴らしいものになると思ってしまうのです。だから、FIREをしても悩みは尽きないと考えています。
またFIREの課題は、達成できるかどうかより、達成した後の人生を構成する要素です。多くの人は達成の難しさゆえに、それを考えませんが、達成した後の生活が素晴らしくないと感じるのであれば、そもそも目指すべき場所ではないはずです。
幸福とは「快楽」と「やりがい」で構成される
FIRE後の人生の問題は、おそらくやりがいです。
幸福というふわっとした概念を科学的に考えているポール・ドーランは著書『幸せな選択、不幸な選択──行動科学で最高の人生をデザインする』(早川書房)にて「幸福とは、快楽とやりがいが持続することである」と定義しています。
人は幸福を写真的に捉えます。FIREを達成した瞬間を想像するのは写真的です。しかし、FIREを達成した後の人生を想像し幸福かどうかを判断するのは映像的なことです。僕たちは一瞬の幸福が欲しいのではなく、幸福で居続けたいと思っているはずです。
ハッピーエンドの映画のその後の人生が幸福でなければ、それは幸福な物語ではありません。だからこそ、持続というのは大切な要素です。

お金だけでは絶対に買えないもの「平和」
ではポール・ドーランの「快楽」と「持続するやりがい」を考えてみましょう。「快楽」はシンプルです。美味しいものを食べる、旅行に行くなど、一時的なものが多いでしょう。おそらく多くの人は「幸福=快楽多き人生」と思うかもしれません。
しかし、最近増えてきたFIREをやめた記事などではやりがいの欠如がゆえにFIREをやめたことが書かれています。このやりがいは、時に苦痛や苦悩が伴います。ポール・ドーランは同著で子供について「子供たちは、私たち夫婦に少しばかりの快楽とたっぷりの苦痛ととてつもなく大きなやりがいをもたらしている」と書いています。
僕は仕事とは不思議なものだと思っています。朝起きて働くことが嫌になるし、嫌な仕事や面倒と感じることもたくさんあります。それでも、苦痛を感じながらもやりがいも感じます。このやりがいがあるからこそ、苦痛を受け入れられると思います。
この「快楽」と「やりがい」という2点で幸福を見た場合に、遠い未来にFIRE達成する選択より、近い未来にやりがいのある仕事をできるようにする方が僕にとっては現実的に思えるからこそ、FIREを魅力的に感じないのだと思います。
若い頃の自分に「おもんない人間」と思われたくない
ここまで少しロジカルに話しましたが、実はもっとシンプルに直感的にFIREを目指さない理由があります。それは、面白い人間でありたいと思う自分のゴールと離れると思っているからです。
僕は関西人なので、おもろい人間が好きです。
これは笑いのセンスという意味だけではなく、興味深い人間や生き様のカッコいい人間も含みます。そして経験上、おもろい人はおもろい人とつるんでいます。だから、自分がおもろい人と思う人と意見交換をするためには、向こうから面白いと思ってもらえる人生でなければいけないと思っています。

お金だけでは絶対に買えないもの「時間」
そう考えると、どうしてもFIREは除外されます。別にFIREをする人を否定するつもりは1ミリもありません。その人の価値観で幸福を感じていればいいのですから、僕もネット上でつまらない人生と見知らぬ人に言われても、あまり気にしません。
それより、尊敬する人や面白いと思う人につまらないと思われる方がよほど辛いです。もっというと、20代の自分が今の自分を見て「けったいやけど、おもろいやつやな」と思ってほしいです。
(※けったい:関西弁で「変わった」や「変」という意味)
FIREの話をしている人を僕があまり面白いと思えない以上、方向が違うのだと思います。僕にとって誰と人生の時間を共にするかは人生の重要な要素です。どれだけお金があっても、付き合う人は選べません。お金で人は集まるかもしれませんが、自分が望む人ではないかもしれません。
残念なことに(そして幸運にも)僕が面白いと思う人たちは、人を資産額で評価する人ではありません。僕が面白いと思う人は常に脳に汗をかき、頑張っているからこそ、自分もまたその道しかないのだと思います。
未来は自分の望む自分でいられない
僕はあまり未来に楽しみを残せない人間です。
これは自分の経験から来ています。僕のもっとも仲の良い友人は24歳で心臓系の難病になりました。7年間心臓のドナー提供を待ち、無事手術を終えましたが、その手術の結果、現在はリンパ腫になり、今もまだ働きながら治療をしています。
僕にとって、彼に起きた出来事が僕の人生の考え方に大きな影響を与えました。少なくとも彼は僕より素晴らしい人間であり、多くの人から愛されていました。しかし、彼は難病になり、多くの選択肢を選べなくなりました。

お金だけでは絶対に買えないもの「健康」
他にも近い関係の方で退職後に健康を害し、楽しみの多くを実現できない人もいます。僕たち人間は未来を想像することが苦手です。未来を描くとき、僕たちは健康で今と同じ自分をベースに想像しますが、未来の自分は体力、気力などは確実に若い頃より低下しています。
だから、今やりたいことは今する方がいいと心から思っていますし、安易に未来に楽しみを残す選択をしないようにしています。
こんな話は正直多くの人は望んでいないと思っています。多くの人は、楽して痩せたいのと同じように、簡単に幸せな人生を手にしたいと思っています。しかし、そんな道はこの世にないからこそ、真剣に人生と向き合う必要があります。
それでもチャレンジできる、それがわずかな確率であれ報われる可能性があるだけ、人生は悪くないと思います。書籍を出し、こうやってコラムを書けていることは18歳で町工場に就職した自分や役者をやっていた昔の自分には想像もできないことです。
インターネットのおかげで自分の才能を試せるのは幸運だし、何より日本に生まれてなければこんなチャンスはなかったと思います。
きっと人生は綺麗ではない、でも悪いものでもない
僕が見てきた幸せそうな人は、みんな泥臭い人生を生きて来ています。しかし、出会った瞬間は苦労せずに成功した人間に見えます。
古代ギリシアの哲学者エピクロスは「今ある物で満足できない人は、どれだけあっても満足できない」と言いましたが、現代人は今ある物を見られない人が多いと思います。僕の人生も欲を出せばもっと望む物はあります。中にはお金で解決できることもありますが、そのお金を手にするまでに失う物もあります。

お金だけでは絶対に買えないもの「本当の愛」
僕たちは常にトレードオフの選択をしています。何かを手にする時、今ある物を差し出しています。それがないと思うのは見えていないか気づいていないだけです。
ファイナンシャルプランナーとして10年以上活動して知ったのは、お金でできること以上にお金だけではできないことが思っているより多いということです。そして、多くの人がお金を過信していることです。
お金を手に入れる代わりに僕たちは何かを差し出しています。そして、お金だけでは手に入らない人生の要素はたくさんあります。
そして、FIREを目指せる人は最低限のお金以上を稼げる人だと思うので、一度お金以外の人生の要素から自分の幸福とは何かを是非考えて欲しいと思います。
取材・文/井上ヨウスケ
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