半径2メートルから

 わたしは声が小さい。本当に小さい。人生で一番多く言われた言葉は間違いなく「え?」である。寿司屋でほたてを頼めばはまちが来る。無理して大きい声を出すと、5分で喉が嗄れる。これはもう生まれついたもので、わたしは「喉ガチャ」に失敗したものだと思って割り切っている。
 文章を書くことは、小さい頃から好きだった。声の大小に関係なく、文章を書ければ、一文字も余さず言いたいことを届けられる。
 中学生のとき、弁論大会というイベントで、クラスの代表として作文を読んだことがある。弁論大会が開催された講堂は二階席まである広さだったが、その広さゆえマイクが設置されていた。壇上に上がると、前列に座っている同級生たちの顔を見下ろす形になり、随分とおく感じられた。マイクの存在に感謝しながら、わたしは冒頭を読み上げた。タイトルは、「将来の夢」。

 ――物心ついたとき、将来の夢はうさぎだった。野菜嫌いだったわたしに、母はレタスを食べればうさぎになれると言った。それを信じて、一生懸命レタスを食べていた。

 その後、自分の夢がどう変わっていったかを述べ、作文はこうしめくくられる。

 ――今、わたしの夢は、作家になることだ。この先また将来の夢は変わっていくかもしれない。でもそのたびに、うさぎになりたくてレタスを食べた気持ちを忘れないようにしたい。

 昔の話なのによく覚えているのは、作文が話題になって、クラスの友達や先生に声を掛けられるようになったからだ。そのとき、自分の文章が誰かに届く楽しさを知った。
 わたしの夢は、それからずっと変わらなかった。中学生のわたしに、教えてあげたい。信じられないよね。長い間レタスを食べ続けていたら、本当に叶えられたよ。
 わたしの声は、半径2メートルにしか届かない。でも印刷されて本になれば、いよいよ多くの人に届くことになる。怖さももちろんあるけれど、できる限り楽しみたい。

がらんどう
大谷 朝子
半径2メートルから 第46回 すばる文学賞 受賞作「がらんどう」大谷朝子_1
2023年2月3日発売
1,595円(税込)
ISBN:978-4-08-771828-7
【第46回すばる文学賞受賞作】
最も読む快楽を感じた――岸本佐知子
不穏な虚を抱えたパワーバランスを評価したい――堀江敏幸
(選評より)

「ルームシェアっていうの、やらない? もっと広い部屋に住めるし、生活費も節約できるし、家事も分担できるよ」
「若い人たち同士ならわかるけど……本気なの?」
「四十過ぎた女二人が同居しちゃいけないって法律はないよ」
「でも、普通はしないよ。あと、わたしまだ三十八だよ」
人生で一度も恋愛感情を抱いたことがない平井と、副業として3Dプリンターで死んだ犬のフィギュアを作り続ける菅沼。
2人組「KI Dash」の推し活で繋がったふたりのコロナ下での共同生活は、心地よく淡々と過ぎていくが――
恋愛、結婚、出産、家族……どんな型にもうまくはまれない、でも、特別じゃない。
《今》を生きるすべての人へ、あらゆる属性を越えて響く“わたしたち”の物語。
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