やがて彼は、友人たちから「この本を貸してほしい」「あの本を持っていないか」などと聞かれるようになる。「売ってほしい」という声も寄せられる。「あいつなら本をたくさん持っている」と話が広がり、問い合わせは増えていった。
それならいっそ、本屋を開いてはどうか……。思い切って決断したカンさんは、土地勘のある埼玉県内でも大きな日本語学校がある坂戸に注目した。周辺の川越などにもベトナム人の通う学校が多く、坂戸なら留学生たちがお客になってくれると踏んだのだ。
大学を卒業すると、家族や友人の支援のもと、会社を立ち上げて経営者としてのビザを取得。坂戸にベトナム語書店「Macaw Bookstore」をオープンするのだが、そこにコロナ禍が直撃する。
ステイホームの技能実習生たちも買っていく
「入国制限で、日本語学校に新入生が入ってこなくなったんです……。現役の留学生たちはみんな卒業してしまいました」
お客と想定していた層がいきなりいなくなってしまったのだ。北坂戸駅のまわりには同じように留学生需要をあてこんだベトナム料理を出すカフェもあったが、閉店に追い込まれてしまった。カンさんの本屋もなかなかに大変ではあるのだが、
「ネットでの販売もしていて、日本全国にいるベトナム人から注文が入るんです。それでなんとか」
加えて、コロナ禍ではプラスの動きもあった。留学生ではなく、技能実習生たちが本をたくさん買ってくれるようになったのだ。コロナによって仕事が減り、また休みでもどこにも出かけられずステイホームするしかない実習生たちからの注文が、日本各地から急増した。
「関東地方が多いですが、沖縄に発送することもありますよ」
それに坂戸は、東松山などの周辺地域に工業団地が点在しており、そこで働く技能実習生が多い。彼らも休みの日には電車や自転車でやってくる。
また実習生を雇っている日本の会社からの引き合いもあるそうだ。コロナ禍のせめてもの娯楽、ベトナム人実習生への福利厚生的に、ベトナム語の本を購入していく。
「日本人の社員とベトナム人の実習生が一緒に店に来て、好きな本を段ボールにどんどん詰めて買っていくこともあります」