日本語を学ぶための参考書も充実している。例文集や文法集、それに日本語能力試験(JLPT)の対策集がずらり。このJLPTでどれだけ優秀な成績を収めるかが日本での就職やキャリアのステップアップにつながっていくので、外国人の多く、とくに留学生は必死に学ぶ。ちなみにカンさんはJLPTのレベルでは上から2番目の「N2」で、「日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる」語学力を持つ。さすがは異国で起業するだけのことはある。
そんな参考書の傍らには、たくさんの暗記カードも積まれていた。日本の学生たちが英単語を覚えるために使っているのをいまの時代でも目にするが、ベトナム人たちはこれで漢字の書き順や文法を学ぶのだ。この国に溶け込もうという懸命な気持ちが伝わってくる。
が、根本的な疑問もいろいろ湧いてくる。そもそもなぜベトナム人が本屋を、それも坂戸という場所で開いたのだろうか。
「本をどうしても捨てられない」日本人と同じ思い
ベトナム北部、首都ハノイ近郊に生まれたカンさんは、小さい頃から中国の歴史を題材にした小説を読みふける少年だったという。20歳のころ日本に留学をし、埼玉県内の日本語学校に通うようになってからも、読書に親しみ続けた。それも、ベトナムでも普及している電子書籍ではなく、紙の本が好きだった。
「ベトナムの実家から、たくさん本を送ってもらっていたんです」
日本語学校を卒業し、やはり埼玉県の大宮にある大学に進学しても、そんな生活は変わらず、いつしかカンさんの部屋には大量の本が積まれるようになっていく。しかし、その本をどうするのか。
「捨てられない。どうしても捨てられないんです」
カンさんは熱く語る。その気持ち、本好きならどこの国の人でも同じだ。紙の本になんだか愛着を感じて、捨てるのがしのびなくなってしまうのだ。ゆずったり売ったりして、本に書かれた世界や知識をほかの誰かに伝えていくのは楽しさがあるけれど、捨てることはできない。カンさんも同じだった。