ディグりがいのある作家
編集部 それでは、佐川さんの他の作品についても幾つか紹介していきたいなと思います。
天沢 マイベスト佐川恭一は「童Q正伝」ですね。
高橋 諸事情により読めなくなってしまっていますが……。京都大学に受かっても「将来の夢は京大合格です」という人が出てきましたね。
天沢 学歴に縛られまくってる人が出続ける作品ですよね。注釈で出身校と人格についての解説をこれでもかというくらい紹介してくる。最高でした。そして有名人の実名も出てきて畏れ知らずだなと(笑)。
樋口 『アドルムコ会全史』でもキムタクになる男がいましたね。そのまま「キムタク」 という作品でしたけど(笑)。
大滝 『アドルムコ会全史』って、佐川恭一のいろんな時代の作品がちゃんこ鍋みたいになってるんですよ。だからずっと佐川恭一を読んできた人からすると不思議なタイムスリップ感がありますね。十年前くらいの作品もあれば、「キムタク」みたいに最近の作品もある。
樋口 世界文学を見渡してもポストモダン以降の文学の在り方の中で、固有名詞を用いることで情報社会や消費社会の記号の表象を取り扱っていく表現技法はあるように思いますが、佐川さんの固有名詞の出し方ってそういうことじゃない感じがするんですよね。
編集部 ひたすら加速していくような感じ、文体がドライブするための固有名詞な印象は受けます。
樋口 そうですね。記号の話でいうと、京大というのも佐川さんは大好きですね。ほぼ全作品にどうにかして京大が登場してくるイメージがある。「スターライトパレスパート2にて」で今回は京大出ないのか、と思っていたら、京大卒の医者が突然出てくる。
大滝 関西の人だったら高学歴の人として京大を出すのはわかるんですが、関西以外の地域の人にはちょっと伝わりにくい部分がありますよね。
樋口 「科挙ガチ」や「東大A判定」はそこが京大から変わっているので、やっぱり小説すばる以後なんですね(笑)。
大滝 佐川さんはちょくちょく滋賀県ネタも入れてきますよね。「普通科高校の魔法使い」の呪文が江州音頭だったり。
天沢 「少年激走録」でも琵琶湖の湖岸を走るとあって、私も同郷なのでめちゃくちゃわかるなと思って読みました。
大滝 僕は佐川さんの作品の中で、「特別企画『痴の巨人対談ハスミVSカラタニ』最終回」が好きです。やっぱりこの人本気でやばいなと感じた作品でした。
一同 あ〜〜〜(笑)。
大滝 これを読むか読まないかで佐川恭一のファンになれるかどうか決まるように思いますよ!
高橋 僕が一番面白かったのは「ナニワ最狂伝説ねずみちゃん」ですね。『風の歌を聴け』のパロディなんですけれど……。
天沢 「おまえら、風の歌を聴けぇっ!」って三島由紀夫伝説から始まる。めちゃくちゃ好きです。 そしてパロディ系だと直近では『推し、燃ゆ』のタイトルと冒頭だけをパロディした「職、絶ゆ」を書いていますね。
大滝 皆さん流石、どんどん出てきますね(笑)。高橋さんにお伺いしたかったんですが、佐川さんの作品で最初に読まれた作品ってなんだったんですか?
高橋 破滅派(編集部注・佐川さんが『サークルクラッシャー麻紀』などを電子書籍販売している、オンライン文芸誌)のお題に投稿してきた作品で、「優しき権力者の独白」という作品ですね。横文字の名前の人物たちの話なんですがなぜか関西弁で、どうも日本人っぽかった記憶があります。
樋口 そのタイプの時期ありますよね。『シュトラーパゼムの穏やかな午後』とかもそうだったように思います。
大滝 『終わりなき不在』からカウントすると、佐川さんももう今年デビュー10周年ですから作品数も凄い。
樋口 『終わりなき不在』と『無能男』は就活を控えている大学生とかが読むと刺さりそうですね。就活の不安感や社会人になってからの緊張感がかなりリアルに描かれていますよね。佐川さん、ディグりがいがありますね~。