2021年東京五輪女子バスケ銀メダルの舞台裏#1 日本代表を変えた名将トム・ホーバス_a

2つの課題

 東京五輪が始まるまで、ヘッドコーチのトム・ホーバスさんからは改善点をよく指摘されました。特に私が頻繁に注意されたのは、ディフェンスの際の足の使い方や角度についてでした。バスケには、ボールを持っている選手に対して2人がかりでボールを奪いにいくダブルチームという戦術があります。このときに、「足を出す角度がズレている」というのがトムの指摘でした。

 他の指導者だったら見逃すようなところや、「それくらいだったら許容範囲」というところにも一切妥協しないのがトム・ホーバス流のバスケです。なので、「形だけやっていれば合格」ということはありえません。足を置く角度が1ミリでもズレていたら、「それは違う」と見なされ、動作をリピートする必要がありました。

 ダブルチームをする場合、1人の相手に2人が向き合うことになるため、相手チームにはマークされていないフリーの選手が出てきます。相手チームにとって一時的に有利な状況を作り出してしまうため、ダブルチームはリスキーでもあり、これを仕掛けるときには確実性を高める必要があるのです。
「そのためには1ミリのズレも許されない」これがトムの考えでした。

 たった1ミリであっても、正しい方向に踏み出せず、それが動作の無駄を招くようであればダブルチームの確実性は落ちてしまいます。そうした微細なところにまで目を向けてプレーの精度を上げていったのです。

 改善点はプレー以外にも及びました。それはキャプテンとしての私の役割についてでした。まず言われたのは、「常にリーダーシップを取るように」ということです。チーム全体の動きがうまく機能しなかったり、ミスが繰り返し起きたりすると、「キャプテンとして今のチームの状況を見て、これで本当に大丈夫だと思うのか?」という問いをよく投げ掛けられました。

どんなときも「ふだん通り」を実行する

 東京五輪のことで特に触れたいのは、延期についてです。
本来は2020年に行われるはずだった東京五輪が中止か延期で揺れていたとき、正直なところ、不安を感じたこともありました。その後、1年の延期が決まったときは、「中止にならなくてよかった」と胸をなでおろしたのを覚えています。延期が決まってからも、実際に開催されるかどうかが直前になるまでわからない状況が続きました。しかしその時点で、私は落ち着いて成り行きを見守ることに決めます。

 アスリートにとってオリンピックが一大イベントであるのは否定できません。しかし、オリンピックに自分のアスリート生活を左右されるのはよくないと感じたのです。オリンピックのあるなしにかかわらず、1日1日を大切に過ごし、向上心をもって昨日よりも成長している今日を迎えることがアスリートにとっては大切―。
 
 これが私の基本的な考えであり、オリンピックに一喜一憂することはやめようと決めたのです。その日にできることをそれまでどおりに行っていれば、オリンピックの開催が決まっても慌てることはありません。仮に中止になったとしても、3年後のパリ五輪の準備にもなります。国内ではリーグ戦が行われるので、そちらにも注力が必要です。オリンピックに夢中になり過ぎて他のことが疎かにならないように、できるだけバランスを取りながら過ごすようにしていました。

 様々な制約がありながらも、結果的に東京五輪は開催されることになります。2016年のリオデジャネイロ五輪を経験し、オリンピックへの出場がもたらす影響の大きさは肌で実感していました。遠い国での開催にもかかわらず、多くの人たちが声援を送ってくれたのです。帰国後の反応に触れながら、バスケに興味を持ってくれる人が増えたのも感じられました。

 そして2021年、どうにか東京五輪の開催にこぎつけることができたのです。一喜一憂しないと決めてはいたものの、「できればやってほしい」という気持ちを私はずっと持ち続けていました。バスケを盛り上げることを目標に掲げている自分としては、東京五輪は絶好の機会だったのです。