非科学主義信仰はグローバルな宿痾
著者である及川順記者が本書の中で指摘しているように、非科学主義信仰は米国の金属疲労を理解するためのキーワードだ。
フェイクニュースの浸透と軌を一にする非科学主義信仰は、米国をはじめとする国々でポピュリズムを拡大してきた。及川記者がこの現象にルポの焦点を合わせたことは、極めて正しい判断だと思う。
私が住んでいるドイツも例外ではなく、一部の市民の間で非科学主義が広がりつつある。2020年以降マスク着用の義務化やワクチン接種に反対する市民が、抗議デモを繰り広げた。政府のコロナ対策に批判的な人々は、極右勢力と接点を持ち始めている。
たとえば2020年8月29日には、ベルリンで約3万人がコロナ対策に抗議するデモに参加したが、その内数百人が連邦議会議事堂に突入を図った。暴徒の中にはQアノンの信奉者や、政府の感染予防対策を拒絶する「クヴェアデンカー(常識にとらわれない者たち)」と呼ばれる人々、「ライヒスフラッゲ(帝国旗)」と呼ばれる黒・白・赤の旗(鉤十字の旗の代用品)を振りかざす者もいた。議会への突入は警察が防いだものの、約4ヶ月後に米国で発生する議事堂突入事件の前哨戦のような出来事だった。
ドイツには、「この国は今でも連合軍に占領されており、連邦政府は偽の政権だ」と信じている「帝国臣民」という極右勢力がいる。捜査当局は、帝国臣民などの過激派が、反ワクチン・マスク勢力に接近する傾向が見られると指摘する。客にマスクを着けるよう注意したガソリンスタンドの店員が、射殺される事件もあった。犯人は、政府のコロナ対策に批判的な人物だった。
バイデン大統領の下で、欧州と米国はウクライナに多額の軍事支援を行い、強固な連帯姿勢を見せている。今ドイツ人たちが最も恐れているのは、2024年の大統領選挙でトランプ氏が勝つことだ。トランプ大統領の復活は、欧米間の協調路線に綻びを生じさせる。及川記者の報告を読むと、トランプ再選が決して夢物語ではなく、「今そこにある危機」であることが強く感じられる。