命からがら日本に来たベトナム人

日本へのベトナム人の流入には、大きく分けて2つの段階がある。

最初に、日本に多くのベトナム人がやってきたのは、ベトナム戦争終結後の1975年以降だった。第1次インドシナ戦争後に南北に分断したベトナムで、冷戦期の米ソの代理戦争として行われたのがベトナム戦争だった。共産圏の後押しを受けた北ベトナムは、アメリカ側の南ベトナムに激しいゲリラ戦を仕掛け、ついには勝利を収める。

この時、主に南ベトナムでアメリカの協力者であった人たちが、北ベトナムの弾圧から逃れるため、難民として国を飛び出した。小型ボートに定員の何倍、何十倍という人々が乗り込み、脱出を図ったものの、転覆したり、海賊に襲われたりして多くの命が失われた。

ボートピープルと呼ばれた、この南ベトナムの難民(周辺国の難民も含めて「インドシナ難民」と呼ぶ)問題が報道されたことで、日本も難民の受け入れを行うことになる。そして神奈川県と兵庫県に支援拠点を置いて、1万人以上を保護し、定住を認めたのだ。

だが、こうした難民の受け入れに問題がなかったわけではない。彼らはほとんど着の身着のままでやってきたため、時間をかけて日本語教育を受け、社会に溶け込む余裕がなかった。そのため、清掃や肉体労働などの仕事に従事し、足元を見られて安価な報酬で働かざるを得なかった。