酒を飲まないことはいいこと尽くしだが、
ひとつだけ酒飲みをうらやましく思うこと

酒が飲めなくてよかったことを5つあげるとしたら、第一位は前述のように「長い長い自分のための時間が手に入る」ということになるだろう。
以下はまあ、誰にも予想がつくことかもしれないが、こんなところだ。

・酒のための出費がほとんどないこと。
・酒を飲んだうえでの失敗をしないこと。
・いつどこへでも自分の車で行けること。
・生涯、一貫した人格で生きられること。

最後の項目だけ、少し説明が必要だろうか。
酒を飲む人の多くは、酒量がかさみ酔いが回ってくるほどに、しらふの自分とは違う、もうひとつの人格のようなものが出てくる。
そうした酔いのメカニズムをやや面倒臭く解説をするならば、アルコールが血中を通って脳内に達すると理性を司る大脳新皮質が麻痺し、抑えられていた脳の原始的な部分である大脳辺縁系の活動が活発になって、本能や感情がむき出しになる、ということになる。

え? 怖くない?

これは人によって考え方も違うのだろうが、少なくても僕自身は、人間に生まれた以上、理性で本能を抑え、一貫した人格で生きたいと思っている。

ただ僕は、お酒を飲む人が嫌いなわけではない。
一緒に飲みに行った人が、僕がリンゴジュースをちびちびやっている間にどんどん酒盃を重ね、大きな気持ちになってあらぬことを口走ったりするのを見ていると楽しいし、そんな酔っ払いを相手に行ったり来たりの会話をするのも面白いと思っている。
だが、矛盾するのかもしれないが、自分もそうなりたいとは決して思わない。

ましてや、電車で正体をなくし、ひっくり返っていびきをかいている中年男性や、酒に酔って犯罪を犯してしまった人のニュースをテレビなどで見ると、「ああ、自分は酒が飲めなくて本当に良かった」と思ったりするのだ。

飲めなくても人生は素晴らしい! 下戸には下戸の生き方あり_1
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ところで、酒に強い人をうらやましいと思ったことはこれまでほとんどないが、一つだけ。

一人でふらっと小さなバーや居酒屋に行けることは、とてもうらやましい。
友人や妻に付き合ってそういう店に行くと、店の雰囲気や料理の美味しさに関心し、「ああ酒が飲めれば、一人でこんな店にも来れるのになあ」と思ったりするのだ。
だって、一人でふらっと入ったバーで、ひたすらジンジャーエールだけ飲み続けることを考えるとなかなか寒いから。

だから僕のような下戸のために、誰かぜひソフトドリンク専門のバーか居酒屋を開いてくれないかな。
ソフトドリンクだけだから、そう、“軟式酒場”などというカテゴリーを新設するのはどうだろうか。

文/佐藤誠二朗