「人の中に入り込んで心をつかんで振り向かせてやるんです」
猪木さんのプロレス哲学を披露した言葉も忘れられない。
「俺は客に媚びない姿勢を貫いてきた。媚びたら客の心は離れていくんです。そうじゃなくて突き放して振り向かせる。これが俺のプロレスです」
常に予測不能な闘いを猪木さんは仕掛けた。例えば、1983年6月2日、蔵前国技館でのIWGP優勝決定戦。ファンがハルク・ホーガンに絶対に勝つと信じていた試合で猪木さんは失神KOで惨敗した。勝敗の真相を猪木さんは明かすことはなかったが、負けることで勝つ以上に今も忘れることのない伝説を残した試合だった。観客に媚びず、ある意味、裏切ることでファンの心をわしづかみにしたのだ。
私は「アントニオ猪木とは何ですか?」と聞いたことがある。猪木さんは即答した。
「人の首を捕まえて振り向かせるっていう言葉があるけど、俺の場合はそんな甘いもんじゃない。人の中に入り込んで心をつかんで振り向かせてやるんです。それがアントニオ猪木です」
自身、そしてプロレスに関心のない世間を振り向かせることに執念を燃やした。それがアリ戦、さらにはプロレス界初の東京ドーム興行、プロレスラー初の国会議員、北朝鮮でのプロレス大会…幾多の大胆な企画、行動につながった。その狭間で多額の借金を背負い、何人もの側近が離れていった現実はある。
たしかにその功罪はあるとしても、猪木さんは、どんな批判を浴びても有言実行を貫く人だった。