「命がけの拒否」から受けた衝撃

「全裸になって手術を受けること」を大なり小なり恥ずかしがる女性はいても、そこまで強い拒絶を示すのは珍しいどころか、自分は初めて出会った……と、井上先生は当時の複雑な心情を告白します。

「まさに命がけで拒否しているわけです。おそらくそのコンプレックスのせいで、男性経験もなかったのではないでしょうか。

本当にびっくりしました。僕が医者になった動機は、決して綺麗事ではなく『なによりも大切な命を助けるために!』だったのに、まさか、こんなにも極北的な価値観があるなんて……。

とりあえず、僕もあのころはなんとなくしか知らなかったんですけど、いろいろと調べてみて、その患者さんに女性器の形を整える施術があるという旨を伝えました。

結局、女性器形成の手術を受けてからがんの手術を受けてくださって、めでたく完治したのですが、医者として自分に『命を助けりゃいいんだろ!』という奢りがあったのでは、と自戒の念に苛まれてしまい……」

己の仮性包茎を自ら手術。エリート医師が下半身を実験台にしてまで進んだ性器形成医療の道_4

命にも勝る深刻なコンプレックスが世の中には存在する――。そんな“真実”に触れてしまった井上先生はこの一件を境に、「人が抱く下半身にまつわる悩み」への意識を高め、「性器形成」の重要性に目覚めます。

「数々の患者さんを診察し、あらためて観察してみたら……程度の差こそありますけど、意外と同じようなことをおっしゃる患者さんって、たくさんいるんですよ。

信じられないことに、女性だけじゃなく男性にもけっこういました。『包茎が恥ずかしい』とか『小さいのが情けない』とか……。

近年では介護脱毛がにわか流行りつつありますよね? その動機の大半は『義理の娘に汚い男性器や肛門を見せるのが恥ずかしい』『毛にこびりついた糞尿を処理してもらうのはしのびない』といったもので、メンタリズムとしては似ているのかもしれません。さすがにオペまで拒否する人はいませんでしたが。

がん治療を重ねていくうちにどんどんと、そのような切実な悩みを直に感じるようになってきました。なので、そういう患者さんには『性器形成という施術があるんですよ』と積極的に提案するようにしたんです。引き出しが一つ増えたみたいな気分でした」

積極的な提案を重ねるごとに、井上先生は「どうせ手術するならソッチとがん、一緒にやってくれない?」というリクエストを、患者から頻繁に受けるようになったと言います。

「自由診療と保険診療は同時にできないなど、越えなければいけないハードルがたくさんあるので、現状では“一緒にやる”のは厳しいのですが、『下半身治療も自分でできるようになりたいな』という気持ちが次第に強くなってきて……。プライベートの時間を利用し、あらゆる所に勉強しに行って、『女性器・男性器の診療を極める』といった、僕の中でのもう一つの軸が生まれてきたわけです。

“美”の先進国である韓国にも1ヶ月ほど武者修行に行って、女性器形成分野の第一人者に師事したこともありました」