転職によって自身の「ヒストリー」が途絶えてしまう
一方で、髙橋氏の経歴を知る人物からは、転職の悩みを相談されることが多いという。組織の崩壊によって、キャリアを転換せざるをえなかった人物の転職観は、たしかに気になるところだ。だが当の髙橋氏自身は、転職に必ずしも肯定的ではない。
「転職は、自身のヒストリーを途絶えさせることなんですよね。例えば僕だったら、拓銀でどんな仕事をしてきて、どんな性格で、どんな上司に可愛がられてっていう…そういうヒストリーが、転職するとごそっとなくなっちゃってしまいます。
これは雪印乳業に転職してから思い知りました。組織に信用されないのは当たり前なんだなと。だって、僕がどこの誰で、どんな仕事ができるのか、雪印乳業では誰も知らないんだから。だからもし転職するなら、そういう不条理は受け入れなきゃいけないんでしょう」
ビジネスメディアなどでは、しばしばビジネスパーソンの「個の力」が強調される。その背景には、先行きの不透明な社会において会社に頼る生き方は危険であり、個人のスキル習得やキャリア形成に力を注ぐべきといったキャリア観がある。もちろん転職はキャリアアップの手段であり、ポジティブなものとして捉えられることが多い。しかし、こうした論調についても髙橋氏は疑問を抱いている。
「『会社に頼らずに生きていく』って、例えば感染症が大流行したり、治安が急激に悪化したりという悪条件が重なったとしても、その地域にクライアントがいるならなりふり構わず行くっていう、そういう覚悟を持つことだと思うんですよね。組織が守ってくれないんだから、難局は自分ひとりで乗り越えないといけない。会社に頼らずに生きていくって、それほどの決心が必要なんですよね。
あれこれ悩むより、会社を最大限に活用しながら自由に生きたらいいと思います。組織の力を借りれば、自らの実力の何百倍も大きな仕事ができる。それが会社員の醍醐味です。起業を進める人は多いですけれど、そんな無責任なことを言うなって(笑)。結局会社員に戻る人も多いんだから、だったら会社のなかで能力を磨き、評価してくれる人を探したらいいのでは」
髙橋氏は、今もなお「組織で働くこと」にこだわり、深い意義を見出していた。その言葉には、実際に組織に裏切られた人物にしか醸し出せない重みがあった。