福島第一原発事故から何も学ぼうとしていない

――映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』が公開されます。映画では、樋口さんの講演会の様子も収められていますが、なぜ退官後も全国行脚を続けるのでしょうか?

原発事故が起きると我が国の崩壊につながりかねないのです。このことは13兆円余りの賠償を東電の旧経営陣に命じた東京地裁の裁判長も明言しています。原発の危険性を知った以上、退官したからといって、黙ってなどいられません。

――福島第一原発の事故のときは、東日本壊滅寸前だったと以前から強調されていますね。

福島第一原発の4つの原子炉のうち、1号機と3号機は建屋で爆発が起きました。さらに2号機では原子炉内の圧力を下げるベントがうまくいかず、ウラン燃料の入った格納容器が爆発する危険がありました。

もし格納容器が爆発していたら、放射能汚染で東日本に人が住めなくなる壊滅的な被害をもたらしていたかもしれない。本来はあってはいけないことですが、幸いにも格納容器に脆弱な部分があり、そこから圧力が漏れて大爆発には至りませんでした。運がよかったとしか言いようがありません。

4号機もそうです。定期点検中で、燃料は格納容器の隣の使用済み核燃料貯蔵プールに入っていましたが、このプールも全電源喪失により循環水の供給が停止しました。たまたま隣接する原子炉ウエルに普段は張られていない水があり、それがプールに流れ込んだことで大事に至りませんでした。

もしこのような奇跡がなければ、東京のほぼ全域や横浜市の一部を含む250キロメートル以遠に被害が出た可能性が指摘されています。

――それでも被害は甚大でした。

政府は事故後、約15万人に避難指示を出し、今もなお約3万人が避難生活を余儀なくされています。でも世間では、原発事故の恐ろしさが忘れ去られつつあるように感じています。今回の映画は、原発の危険性を、映像を通して誰にでも理解してもらえるようにと企画されました。

――岸田首相は新たに7基の原発の再稼働を表明しました。主な理由は、ロシアによるウクライナ侵攻後の燃料費高騰と、電力の需給ひっ迫です。

おかしな理屈です。そもそも、電力がひっ迫していると言いながら、国は地熱発電、洋上風力発電、小型水力発電などの再生可能エネルギーの普及には力を入れていません。この11年間、福島第一原発事故から何も学ぼうとせずに「電気が足りない」と言っているようにしか私には聞こえません。