山道に現れる白い女の霊

この悲劇から時を置かずして、付近では、夜ごと女の悲痛な叫びや恨み言が聞こえる、などの逸話・民話が多数語り継がれてきた。そして現代でも、こうした心霊譚は枚挙に暇がない。たとえば――

トラックドライバーのAさんは、深夜に塩山から奥多摩方面へ車を走らせていた。甲府で積みこんだ荷物を明日の昼までに都内へ届けなければならないが、連休最終日と重なって中央自動車道がとんでもなく渋滞しており、やむなく迂回路として山道――国道411号を走ることにしたのだ。

柳沢川の渓谷に沿って曲がりくねった山道をひた走らせていると、前方の道路脇に白いものが立っているのが見えた。

ひとだ。右側の道路脇に、白い着物を着て、長い髪の毛をだらんと垂らした女が、力なく立っている。

Aさんは突然のことに思考がうまく働かないまま、そのまま女の横を通り過ぎた。バックミラーをちらりと見やるも、女は依然としてそこに佇んでいた。時刻は深夜二時を回っている。こんな時間に、車でしか来れない山奥に徒歩でいるはずがない。

Aさんはその不自然さ、異様さを訝しんでもう一度バックミラーを見るも、女の姿はカーブの向こう側に消えていた。もしかしたらいま見たのは幽霊だったのかもしれない。こんな山奥でひとりきりなのに幽霊に襲われたらたまらない。

厭な汗をかきながら走らせること、さらに数分後――
白い着物を纏った女が、前方にまた見えた。長い髪をだらしなく垂らしながら、先ほどと寸分違わぬ姿で立っている。

Aさんは「ひっ」と短い悲鳴を噛みしめて、なるべく右側を見ないようにしながら女の横を通り過ぎた。しかし、数分後。

また女の姿が前方に――。

その後も女は何度も現れて、夜が明ける頃にはAさんはすっかり憔悴していたそうだ。

これはほんの一例である。ほかにも、「付近でキャンプやドライブの休憩中に、女の歌声が響き渡る」「おいらん淵脇のトンネルを車で通る際、急に人影を目撃してハンドル操作を誤って事故を起こしかける。だが、先ほどの人影はいなくなっており、付近には隠れる空間もない」「崖の下から女が見上げており、這い上がってこようとするのを見た」など、おいらん淵で人ならざる何かに触れた話は数多く、まさに関東最恐の心霊スポットなのだ。