沖縄は太平洋の導火線

冲方 軍事方面についてもいろいろうかがいたいんですが、まず領土問題についてです。日本にとって、今もっとも失ってはいけない領土はどこですか。

奥山 怖いことを質問されますね(笑)。日本には無人島が6000以上ありますから、そこを実効支配されたらまずいという危機感は自衛隊も抱いていると思います。島嶼防衛にしっかり力を入れていますから。とはいえすべての無人島を守るのは現実問題難しいですよね。

冲方 いきなり日本の領土が実効支配される、ということはあり得るシナリオなんでしょうか。

奥山 それよりも警戒しているのは、もっとソフトな侵略だと思います。たとえば離島などの情報を敵国がコントロールし、政治的な分断を煽って、住民投票によって独立宣言にもっていく、というような形ですね。武力衝突だけでなく、そういうシナリオも政府や自衛隊は想定していると思います。

冲方 2014年のロシアのクリミア侵攻のようなものですね。

奥山 そうです。あの時クリミアには所属の分からない兵力が、ロシア系住民の保護という名目でわっと押し寄せてきて、プロパガンダによってクリミア地区を独立させてしまった。武力と情報を駆使したハイブリッド戦的な危機は、これからも増えていきそうです。

冲方 ではあくまで仮の話ですが、日本列島にある大小の島が片っ端から奪われていったとすると、日本はどうなりますか。

奥山 想像したくないですが、もしそうなったら沖縄本島にはアメリカ軍がいますからね。無人島や離島を攻撃するというのとはレベルが違う。本にも書いたとおりアメリカにとって沖縄は地政学的に“完璧な拠点”です。大海とユーラシア大陸の間に位置して双方に睨みを利かせられるんですから。ここを奪われるというのは考えにくいし、あるとしたら第三次世界大戦レベルの事態だと思います。

冲方 じゃあ沖縄の米軍基地が移転するというのは、なかなか現実的ではないですね。

奥山 現実的には難しいですね。地政学的な重要性もそうですが、米軍には太平洋戦争で多大な犠牲を払って獲得した基地だ、という意識もありますから。

冲方 仮に沖縄を侵略されたら大変なことになる。私たちは南に大きな導火線を抱えているんですね。

奥山 そうです。今の話は主に中国を想定しての話ですが、ロシアが北海道に上陸してくる、というシナリオはおそらく現実的ではありません。陸上自衛隊はそういうシナリオで演習をすることもありますが、戦略的には考えにくいですね。

冲方丁さん(作家)が、奥山真司さん(地政学・戦略学者)に会いに行く_4

日本と軍事同盟

冲方 軍事同盟についても教えてください。先の参議院選挙の結果、憲法改正の可能性が大きくなりましたけど、自衛隊を軍隊と明記することのメリットは、軍事同盟が結べるようになることじゃないかと思うんです。

奥山 それは鋭い見方ですね。戦略論において一番重要なのは同盟なんです。僕が留学していたイギリスって、アメリカとの独立戦争以降、ほとんど戦争に負けていないんですよ。なぜかというと毎回絶妙な相手と同盟を組んでいる。仲間作りが上手いんです。じゃあ、影響力を増している今の中国に仲間が多いかといえば、決して多くはない。カンボジアと北朝鮮くらいでしょうか。ロシアとはそこまで利害が一致しているわけじゃないですし。

冲方 そう考えるとアメリカは各国と軍事同盟を結んでいて、世界中の港を使えるシステムを確立している。一枚上手ですね。万が一、アメリカが国内政治の混乱によって機能不全に陥ったら、世界が大混乱になるでしょうね。

奥山 今、アメリカ国内の分断は思った以上に深刻ですからね。最悪、内戦状態に陥ってもおかしくないくらいピリピリした状況が続いています。

冲方 そうなると日本は日本で、どこかと軍事同盟を結んでおいた方が安心だと思うんです。アメリカ以外なら、日本はどこと組むべきだとお考えですか。

奥山 東南アジア諸国との連携も大事ですが、たとえばオーストラリアは外せません。ファイブアイズ(イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国による機密情報共有の枠組み)の一国ですし、中国の海洋進出に危機感を募らせていますから、連携を強化していくのは必然だと思いますし、実際にその方向に動いていますね。

冲方丁さん(作家)が、奥山真司さん(地政学・戦略学者)に会いに行く_5
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