怪談の世界に引き込んだ1通の手紙

もうひとつの大きなきっかけが、次男の存在。大きな障害を持って産まれてきたんです。次男を見た瞬間、これは大変なことになったと思いました。

その後、生後4カ月で大手術をして生きながらえたんですが、どうしても家庭が暗くなってしまって……。私は芸能の世界に逃げるように、どんな仕事でも引き受けるようになっていました。

そんなある日、1通の手紙が届きました。差出人は私の怪談を聞いたという84歳のおじいちゃん。自分が経験した不思議な体験を200字詰め原稿用紙にびっしり書いてくれていた。
40歳も年下の若造に、ですよ。

切実な思いがひしひしと伝わってきて、誰にも言えず、理解もしてもらえなかった体験を託された責任を感じました。それまでテレビの仕事で、そんな真剣な手紙をもらった経験なんてなかったですから、なおさら感激しました。

家族から目を背けるように働いていた私にとって、自分の生き方、働き方を見つめ直す機会になりました。

稲川淳二「怪談ナイト」30年。“元祖リアクション芸人”はなぜ怪談をはじめたのか?_3
「MYSTERY NIGHT TOUR 2022稲川淳二の怪談ナイト」より
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――のちに「怪談ナイト」が誕生するのにはそんな背景があったんですね。

私のあとにリアクション芸人は大勢出てきた。私の代わりになるタレントも、たくさんいた。一方で怪談は当時、私しかやっていなかった。手紙をくれたおじいちゃんも自分の体験を託せたのが、私だけだったのでしょう。

怪談は、素朴な娯楽であり、日本人の心の原風景でもある。恨みや怒り、亡くなった人への思い……。怪談には、日本人の繊細な感情が表現されていると思ったんだ。だからこそ、大切にしていかなければならない。怪談と真摯に向き合おうと考えたのは、それからですね。

――もしも稲川さんがいなければ、怪談はまた違った形になっていたか、場合によっては廃れていたかもしれませんね。

「怪談ナイト」は、今年で30周年なんだけど、最近はあまり怖さや恐怖をウリにしていません。怪談は怖いだけじゃなくて、優しさや切なさもある。私もスタッフも「懐かしいふるさとに帰っていらっしゃい」って話している。

私にとっては「怪談ナイト」は、ふるさとの夏祭りみたいなもの。〝マブダチ〟のみなさんにも、久しぶりのふるさとを楽しんでいただけたらな、と思っているんです。


取材・文/山川徹  撮影/村上庄吾

幽霊にもコロナにも負けず30年。稲川淳二の怪談が「最近、怖さを売りにしない」理由 はこちら

稲川怪談~昭和・平成・令和 長編集~
稲川 淳二
稲川淳二「怪談ナイト」30年。“元祖リアクション芸人”はなぜ怪談をはじめたのか?_4
2022/4/21
1300円
224ページ
ISBN:978-4065275542
怪談語って50年、語った怪談500以上。1970年代から現在に至るまで、ひたすらトップを走り続けるカリスマ怪談家。心霊、オカルト、超常現象、都市伝説、事故物件、鬼……
現代のあらゆる怪異ブームの礎であり、怪談文化の創造主でもあるスーパーレジェンド、稲川淳二が思いを込めて贈る、怪談ベスト本第二弾
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30年連続公演‼ 今年もあいつがやってくる…
「MYSTERY NIGHT TOUR 2022稲川淳二の怪談ナイト」

稲川淳二「怪談ナイト」30年。“元祖リアクション芸人”はなぜ怪談をはじめたのか?_5

11月まで全国公演中。詳細はhttp://www.inagawa-kaidan.com/