怪談の世界に引き込んだ1通の手紙
もうひとつの大きなきっかけが、次男の存在。大きな障害を持って産まれてきたんです。次男を見た瞬間、これは大変なことになったと思いました。
その後、生後4カ月で大手術をして生きながらえたんですが、どうしても家庭が暗くなってしまって……。私は芸能の世界に逃げるように、どんな仕事でも引き受けるようになっていました。
そんなある日、1通の手紙が届きました。差出人は私の怪談を聞いたという84歳のおじいちゃん。自分が経験した不思議な体験を200字詰め原稿用紙にびっしり書いてくれていた。
40歳も年下の若造に、ですよ。
切実な思いがひしひしと伝わってきて、誰にも言えず、理解もしてもらえなかった体験を託された責任を感じました。それまでテレビの仕事で、そんな真剣な手紙をもらった経験なんてなかったですから、なおさら感激しました。
家族から目を背けるように働いていた私にとって、自分の生き方、働き方を見つめ直す機会になりました。
――のちに「怪談ナイト」が誕生するのにはそんな背景があったんですね。
私のあとにリアクション芸人は大勢出てきた。私の代わりになるタレントも、たくさんいた。一方で怪談は当時、私しかやっていなかった。手紙をくれたおじいちゃんも自分の体験を託せたのが、私だけだったのでしょう。
怪談は、素朴な娯楽であり、日本人の心の原風景でもある。恨みや怒り、亡くなった人への思い……。怪談には、日本人の繊細な感情が表現されていると思ったんだ。だからこそ、大切にしていかなければならない。怪談と真摯に向き合おうと考えたのは、それからですね。
――もしも稲川さんがいなければ、怪談はまた違った形になっていたか、場合によっては廃れていたかもしれませんね。
「怪談ナイト」は、今年で30周年なんだけど、最近はあまり怖さや恐怖をウリにしていません。怪談は怖いだけじゃなくて、優しさや切なさもある。私もスタッフも「懐かしいふるさとに帰っていらっしゃい」って話している。
私にとっては「怪談ナイト」は、ふるさとの夏祭りみたいなもの。〝マブダチ〟のみなさんにも、久しぶりのふるさとを楽しんでいただけたらな、と思っているんです。
取材・文/山川徹 撮影/村上庄吾
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