スーパー台風の際の避難方法

東京都内で海抜ゼロメートル地帯が広がる江東5区(墨田区、江東区、足立区、葛飾区、江戸川区)は、大規模水害に備えて「広域避難計画」を作っている。

そこで想定されているのは中心気圧930ヘクトパスカル以下の台風だ。伊勢湾台風(1959年、死者4697人)は929ヘクトパスカルだったので、伊勢湾台風並みか、それ以上のいわゆるスーパー台風である。

そんな台風が来て高潮や洪水による大規模水害が発生すると、江東5区の居住人口のうち250万人が床上浸水となり、浸水の深さは最大約10メートルに達すると想定されている。安全な避難場所はほとんどない。

「江東5区大規模水害広域避難計画」では、雨量や荒川の水位、高潮警報の発表などによっては、逃げ遅れた住民に対して域内垂直避難指示(緊急)を出すことになっている。高層マンションが多い地区だが、上層階への垂直避難は「緊急」時の、いわば最後の選択肢としているのだ。

高層階であれば、避難せずに自室にいる方が安全に思えるが、逃げ遅れた緊急時以外に勧めないのはなぜか。少し説明しよう。

避難指示が出された地域の住民は通常、安全な別の場所へ避難する。これを「水平避難」と呼ぶ。しかし、避難が遅れた場合は、上層階へ逃げるしかない。水平避難に対してこちらを「垂直避難」という。戸建て住宅の場合は安全とは限らないが、高層マンションなら垂直避難すれば心配ないと考えるのが普通だ。

ところが江東5区は住民に対して「自宅にとどまった場合の生活環境イメージ」のイラストを示し、上層階への垂直避難について、こう注意している。「最悪の場合、2週間以上、建物から出ることができない」「食料、水は自分で確保しなければならない」「トイレやごみなどの問題もある」などなど。

何万人もの住民が浸水地域に取り残されれば、救助作業はとんでもない労力と時間を要し、全員を救助できない可能性もある。そのため、江東5区は住民に区外の安全な場所への避難を要請している。

自治体の枠を超えての避難であることから「広域避難」と呼ばれる。これは新しい防災の考え方である。

江東5区以外にも、大阪府や愛知県には海抜ゼロメートル地帯が広く分布しているので、住んでいる人たちはいざとなったら広域避難を考えてほしい。

米国では大型ハリケーンの上陸前に避難命令が出されたり、大統領が直接、国民に避難を呼びかけたりする姿が、しばしばニュースになる。

しかし、日本の場合、避難は個々人の判断であって命令ではない。首相が事前に避難を呼びかける姿を見た記憶もない。気象災害が甚大化し、過去に例のない災害が起きる昨今、災害情報だけでなく、国による発信方法も再考すべきだろう。

文/井上能行 写真/shutterstock