その後は麻里男の家庭教師と称する男が登場し、今週発売された漫画雑誌を大量に持ってくる。麻里男は速読で目を通し、アニメ化される作品や流行りの作品をチェックしろと家庭教師から指示される。やや漫画的誇張ではあるが、「流行っているものを知っていなければ、この世界でサバイブできない」という恐怖感にも近い焦燥感は、現在のZ世代の心境にも非常に近いものであろう。

37年前にギャグとして描かれた『こち亀』が、現代人の、特に若者世代の行動・思考様式と不気味なほど一致しているのだ。

「イミダス」の創刊と「多くを知る者が偉い」

「流行っているものを知っていなければ、この世界でサバイブできない」。それを象徴するのが、同編が描かれた翌年の1986年に創刊された現代用語事典「イミダス」である。刊行元は「週刊少年ジャンプ」と同じ集英社だ。

「イミダス」は一般的な百科事典とは異なり、最新の流行語や外来語が主に収録されている。普遍的な教養というよりは、「いま流行っているもの」を押さえておくための事典だ。それゆえ、内容を一新した最新版が年に1回ペースで年鑑として刊行された。

「イミダス」に類する事典は「現代用語の基礎知識」(自由国民社)が先行していたが、「イミダス」の創刊が現代用語事典ブームに火をつけたのは間違いない。現在では信じがたいが、「イミダス」創刊号(1987年版)は、なんと100万部以上も売れたという。この成功を受け、1989年には朝日新聞社が同様の現代用語事典「知恵蔵」を創刊した。

「イミダス」の正式名称は「情報・知識imidas(イミダス)」。筆者の実家リビングにもあったが、電話帳の軽く2倍以上の厚みはあろうかと思われる鈍器のような物体、その表紙に刷られた「情報・知識」の文字がやたら誇らしげだったことを、よく覚えている。「情報・知識」をできるだけ多く持っている者がこの世を制する、とでも言わんばかりに。

多くの情報を知る者が偉い。これは、やがて日本に訪れるバブル景気下の「有用な情報やトレンドをいち早く押さえ、抜け目なく行動し、たくさん稼ぎ、たくさん使うこと」を正義とする価値観の前段階ともいえる、当時の日本の空気だった。

「よく学びよく遊べ!の巻」はそんな世間の空気を、時代の気分を、浮世絵のごとく活写していたのだ。

1985年に「情報・知識」と呼ばれていたものの多くは2022年現在、「コンテンツ」と言い換えられるだろう。あふれる情報に駆り立てられ疲弊していた麻里男と、あふれるコンテンツに翻弄される現代人。両者とも、観たいから観るのではない。観なければならないから観ているのだ。倍速で、あるいはスキップで。

ところで、刀根麻里男という名前は当時活動していた歌手・刀根麻里子から来ていると思われるが、「とねまりお」をアナグラムで並べ替えると「まりおねと」、つまり「マリオネット(操り人形)」になる。麻里男も我々も、情報やコンテンツの“摂取”を日々余儀なくされている。自らの意思とは関係なく、まるで操り人形のように。