「いつも3倍速でみるから大丈夫だよ」
1976年から2016年まで、40年間にわたり「週刊少年ジャンプ」で連載された『こち亀』は、そのときどきの日本社会の姿を、大衆文化や世相を、漫画という形で正確無比に記録した風俗史料ともいえる。
筆者は自著『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)で、『こち亀』を「現代の浮世絵」に見立てた。浮世絵は江戸時代に流行した庶民的な絵画のこと。描かれた当時のトレンドや時代の気分が、気の利いたウィットとともに絵で記録されている。『こち亀』も同様だ。
倍速視聴が登場するのは、「週刊少年ジャンプ」1985年36号に掲載された「よく学びよく遊べ!の巻」(ジャンプ・コミックス46巻収録)である。
派出所裏の亀有公園で元気がなさそうな少年を見つけた両津と中川。彼は刀根麻里男(とねまりお)、10歳。6歳の頃からラジコン(1985年当時は組み立て式のラジコンカーが小学生の間でブームだった)の英才教育を受けていたほか、パソコンゲーム、プラモ作り、野球やサッカー、なんとゴルフまでも「教育」されてきた。すべて親の教育方針だという。
両津が麻里男の家に行くと、彼の自室は壁一面のビデオデッキとTVモニタで埋まっていた。複数のデッキが人気TV番組を次々と録画している。1週間分の録画を2時間でまとめて観るという麻里男に、「2時間じゃ全部みられるはずないだろ!」とツッコミを入れる両津。すると麻里男は答える。
「いつも3倍速でみるから大丈夫だよ」