小説を書くのは誰のため?

道尾 小説の紹介をされてきたけんごさんが、小説を書かれました。『ワカレ花』、すごく面白かったです。短編集ですが、短編同士がいろんなつながりをもっている。そのつながり方が、『N』に通じるところもあって、僕の好みなんです。ある短編に出てくる女の子が、別の短編ではもうお母さんになっていたり。勢いで書いたのではない、精緻なつくりの小説だと思いました。これ、どのくらいで書いたんですか?

けんご 3か月くらいですね。

道尾 それはすごい才能ですね。とくに「切なさ」の書き方が上手いと思いました。切なさって、わりと難しいんです。プラスとプラスを掛けるとプラスになりますよね。マイナスとマイナスを掛けてもプラスになる。つまり喜劇を並べても切なくならないし、悲劇を並べても切なくならない。切なさって、プラスとマイナスを掛けて、マイナスにしたとき、初めて表れるものです。その掛け合わせの加減というか、調節の仕方が上手いと思いました。豊富な読書経験から得たものなのかなと思いますけど。

けんご 最近のトレンドを意識したところはあります。悲しい恋愛と書いて「悲恋」と読む作品がトレンドだな、という意識はあったので。そうやってストーリーもそうですし、装幀もそうですが、とくに中高生の方々を意識して本を作りました。中高生だった自分も含めて。

道尾 まだ本を読んでなかった頃、ですね。

けんご はい。僕が大学1年生まで本を読まなかったのは、小説って難しそうというイメージがあったからです。だから、どういう作品だったら、当時の自分も読んでみようと思うだろうかと想像して、例えば改行を可能な限り多くするとか、中高生に親しまれる装幀にするとか、いろいろと研究しました。その世代の方に対して、僕が読めなかったぶん、君たちには読んでほしい、みたいな気持ちがあるんです。

道尾秀介さん(作家)が、けんごさん(TikTokクリエイター)に会いに行く_5

道尾 じゃあ書くときは、こういうものが喜ばれるというよりは、こういうものを読んでほしいという気持ちで書いている?

けんご どっちもあります、それは。

道尾 どっちも。いいですね。というのは、僕はショーマンシップがゼロなので。自分しか読者を想定していないんですよ。こんな本があったら読みたいな、でも本屋さんに行ってもないから自分で書くか、みたいな自給自足的な書き方をしているので、けんごさんのショーマンシップがうらやましいです。

けんご まさにこの点が今日、いちばん聞きたかったことです! 道尾さんは、読者に楽しんでもらうために書いているのか、自分が書きたいものを書いているのか。

道尾 まさに今のが答えですね。人のためにこんな大変なことできない……(笑)。けんごさんは自分で小説を書かれたあと、小説を紹介する仕事に何か変化はありましたか?

けんご 変わりました。書くのがこんなに大変だということを知ったし、一冊の本にこんなに多くの人が関わっていることがわかって、気楽に小説紹介の動画を作れなくなってしまって。本当にこれが正しい紹介なのかと、より真剣に模索するようになったので、投稿頻度は格段に落ちましたね……。

道尾 本には本当にたくさんの人が関わっているので、その葛藤もわからなくもないですが……、一方で、人に自分の本を紹介してもらえる嬉しさにも気づいたんじゃないですか?

けんご それはそうですね。これまでTikTokで作品を紹介していたときは、届いている実感があったんですが、いざ、自分の小説を出してみると、どう届けたらいいのか全くわからなくて。ツイッターでつぶやいてもらったりすると、めちゃくちゃ嬉しい。

道尾 若い人を中心に読書人口が減っているなかで、けんごさんの存在って、本当に心強いんです。だからご自身の小説の執筆とともに、これからもたくさん小説を紹介してほしいと思います。

道尾秀介さん(作家)が、けんごさん(TikTokクリエイター)に会いに行く_6
けんごさんが持参してくださったお気に入りの道尾さん作品