乳酸は疲労物質ではなく「エネルギー源」

短距離走では、ピッチやストライドなどランニングフォームが話題となることが多い。研究では「バイオメカニクス」と呼ばれる分野で、日本人スプリンターの躍進に大きな影響を与えたとされている。バイオメカニクスは、体を外側から見て研究するのだが、運動生理学を専門とする竹井さんの取り組みは、「体の内側で何が起きているのか」を調べることだ。

「具体的には、血液中の乳酸を見ています。トレーニング直後に採血をすれば、どのような時に乳酸が出やすいのかが分かります。ただし、乳酸が多く出ているのが悪いと考えているわけではありません。全力疾走をすると、足が動きにくくなりますよね。この状態を『乳酸が溜まった』と言ったりしますが、実は正しい表現とは言えません」

竹井さんが現在所属するのは、東京大学八田研究室。八田秀雄教授は、乳酸研究の第一人者であり、「乳酸は疲労物質」というイメージを否定し、「糖から乳酸を捉える」視点を一般にも広めている。

「運動にはエネルギーが必要です。そのエネルギーは糖と脂肪が分解されることで生み出されるのですが、糖をエネルギーとして使う際に途中でできるのが乳酸です。したがって乳酸はエネルギー源でもあるとも言えるのです」

「下の図は、レース前半(200m)のペースと乳酸濃度の相関関係を示しています。このようなデータをコーチ陣と共有して、戦略作りに活かしてもらっています。ここから言えるのは、各選手が200mの記録を上げることで、先行逃げ切りが可能になるということです」

躍動する日本人スプリンター 400mリレーの「逃げ切り戦略」とは?_3
レース前半のペースと乳酸濃度の関係を示すグラフ。縦軸は、各選手の最大能力に対する200m走の記録を示しており、低い数値ほど「余裕度」が高いことを示している。横軸は血液中の乳酸濃度であり、余裕がある選手ほど乳酸濃度が小さく抑えられている。つまり後半に使えるエネルギーが残っていることを示している