は? そんなこと言う? おかしいだろ!
と、思った時にはあとの祭りだ。怒りの根源の相手は、すでに目の前にいない。
あの時、即座にああ言えばよかった、こう切り返すべきだった。頭の中でビシッとした「最適解」を探せば探すほど、それと程遠いふにゃふにゃの返しをしてしまった自分に腹が立つ。相手へと自分へとで2倍になった怒りの矛先の向けどころは、どこにもない。それは出口を失いマグマとなり、体内で増幅して、頭をカンカンに熱くする。肩はガチガチに固くなり、歯まで食いしばってしまう始末だ。
だめだ、これは頭にも悪いし体にも悪い。寿命が縮む。
そうして私はひとつ深呼吸をし、麦原だいだいの『気持ちいい体』を手に取る。鬱々としやすい気質の麦原さんが、ひたすら「気持ちいい」を取りにいく漫画だ。サウナ、温冷入浴、登山、焚き火、チリコンカン、ストレッチ、ハンモッキング、などなど。戸惑いながら挑戦し、気持ちよさにたどりつき、時には心が体から解き放たれるような爽快感までも得る。その様子を目で追っていると、体に入っていた力がすううっと抜けていく。
漫画に心をほぐされたら、ストレッチしたり温かいものを飲んだりして体もほぐす。そうすれば、頭の熱もひいていく。
しかし執念深い私は、ここで終わらない。次は遙洋子の『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を開くのだ。
これは具体的なケンカの仕方をレクチャーする本ではない。上野ゼミに通うことになったタレントの遙さんが、東大というインテリジェンスの世界にカルチャーショックを受けながらも必死で学び、気づきを得ていく成長譚だ。しかし上野千鶴子先生を中心とした人々とのエピソードの至るところに、人と議論し勝つためのヒントが散りばめられている。
「相手にとどめを刺しちゃいけません。あなたはとどめを刺すやり方を覚えるのでなく、相手をもてあそぶやり方を覚えて帰りなさい」。上野先生のこの言葉を目で追いながら、ああ、そうだった、と思う。いつも私に足りないのは余裕なのだ。何か嫌なことや聞き捨てならないことを言われた時、戦闘態勢に入ってしまう。なのに、おおごとにしたくないから結局ふにゃっとした対応に逃げてしまう。
もてあそぶ、もてあそぶんだよ。そう頭の中で繰り返す頃には、怒りはもう過去のものになっている。