マスターズは「競う」ではなく「演じる」。 面白くなければ観客が帰ることもある特殊すぎる舞台_b
2019年にマスターズ5度目の優勝を果たしたタイガー・ウッズ。彼はマスターズでの精神力の重要性に言及している

マスターズは国立劇場で「演じる」トーナメント

昨年の中継で感動のあまり涙した中嶋常幸プロ(マスターズ11回出場、最高順位8位)に、40年ほど前に「マスターズと全米オープンはどう違うの?」と聞いたことがあるんです。彼は4大メジャーすべてに出ている。その彼が、「全然違います。マスターズは国立劇場、全米オープンは国立競技場。マスターズは国立劇場で演じる、全米オープンは国立競技場で競うんです」と。

これは本当に言い得て妙で、プレスインタビューなどでもマスターズでは「戦う」という言葉は出ないんです。どちらかというといいパフォーマンスを発揮したいというような言い回しが多い。ところが全米オープンになると、もろにアスリート的なコメントが多くなるんですよ。

オーガスタは国立劇場だから、その観客であるギャラリー(パトロンと呼ぶ)はとても目が肥えています。例えば、パー5のホールでティーショットが2オンを狙える場所まで飛んだのに、理由もなく狙わずに刻もうとするとブーイングやため息が出たりする。

中嶋プロはマスターズに初出場した1978年に、13番パー5で13打を叩いたことがあるんだけど、彼が言うには「13番のセカンドショットは、相当なつま先上がりから3番アイアンで軽いフェード(右曲がりの球)を打てって、コースは要求するんですよ。もうどうやって打ったらいいんだか」と。これ、普通に打ったらドロー(左曲がりの球)ですよ。じゃあ、そういう状態で2オンを狙うとき、どのくらいの自信があったら打つのか聞いてみたら、「85%以上の自信がなければ刻みます」って。

イーグルの誘惑があればダブルボギーの試練もあり得る。それでも攻めていく勇気と自信が持てるか、常にコースに試される。タイガー・ウッズは「オーガスタ・ナショナルGCはフィジカルテストだけでなくメンタルテストも強いられる」と言っています。

マスターズは国立劇場だから、パフォーマンスが面白くなければ観客は帰っちゃうみたいなことまであるわけです。一方、国立競技場だと、ただタイムを競ったり、遠くに飛ばしたり、いいスコアを出したとか、そういうことだけが注目される。その大きな違いがマスターズにはある。まさに魅力と魔力が混在しているのがマスターズなのです。

(第3回「こだわり抜かれた演出」に続く
第1回「憧れの祭典の始まり」はこちら

取材・文/志沢 篤