被害者の一時帰国にも「安倍神話」
10月15日に5人の拉致被害者が日本へ「一時帰国」したときの対応についても、「安倍神話」がある。
安倍氏は、5人を北朝鮮へ戻さないことは自分が判断したと語っている。だが事実は違う。
拉致被害者の蓮池薫さんたちは、家族などの説得もあって、北朝鮮に戻らないと自分たちで決めた。そして、残してきた子どもたちを連れて来ることを日本政府に託したいと、拉致被害者・家族担当の中山恭子内閣官房参与に電話で通告したのだ。決して安倍氏が独自に努力した結果ではなかったのである。
政府は一体となって動き、北朝鮮に対して、拉致被害者ではなく、政府が決めたことにしたのだ。
私は拉致被害者を北朝鮮に帰すべきではないと当時思っていた。犯罪行為を行った北朝鮮に戻すなどということはあってはならないと判断したからだ。「原状回復」が原則だ。しかし当事者にすれば、家族を北朝鮮に残したままの決断である。どれほどの苦悩と逡巡があっただろうか。
蓮池薫さんは、『拉致と決断』でこう回想している。
「帰国して十年。思えばこの十年は、あの日の決断から始まった。私たちを拉致した、しかし私たちの子どもたちが残されている北朝鮮に戻るのか。それとも生まれ育ち、両親兄弟のいる日本にとどまって子どもを待つのか。苦悩の末に私が選んだのは後者だった」
蓮池さんは妻の祐木子さんとの凄まじいやりとりを紹介しながら、こう書いている。
「何が決め手になったのか、最後には私の言うこと、というより、私自身を信じてくれた。本当にありがたかった。なぜならこの決断が、いつまで続くかわからない、子どもたちとの別離という耐え難い苦痛を伴うからだった」
3家族を取材していた記者は、当時をこう振り返る。
「蓮池薫さんが家族や友人に説得され、いちばん早く北朝鮮に帰らないと決意しました。地村さんも、ほぼ同時です。最後まで北朝鮮に戻ることにこだわったのは曽我さんでした。家族と一緒にいることが最優先と思っていましたから。日本に永住することにはこだわっていませんでした。夫のジェンキンスさんが日本に来てくれるのかどうかが不安だったのです」
こうして拉致被害者たちは、自らの苦渋の決断で日本に留まることになった。その判断を、あたかも自分の手柄であるかのように世論受けを狙ったのが安倍晋三官房副長官であった。
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