いまも語られる「拉致の安倍」神話
安倍晋三という政治家が総理にまで上りつめた大きな理由は、拉致問題に対する日本国民の激しい怒りを背景に、北朝鮮に対して常に強硬路線を主張し、実行してきたことにある。「拉致の安倍」のイメージが定着したため、必ず解決に向けて行動してくれるだろうと多くの国民が期待し、信じてきた。
しかし、その内実は、つくられた「神話」が多く、根拠がなくとも「当たり前じゃないですか」と断定口調で語ることで「強い安倍」を演じてきた。
ここで「拉致の安倍」神話について触れておく。安倍氏が父・晋太郎議員の秘書をしていたとき、拉致被害者である有本恵子さんのご両親から陳情を受け、拉致問題に関心を持ったのは事実だ。
しかし小泉訪朝に至る過程においては、官房副長官であったにもかかわらず最終段階まで「蚊帳の外」に置かれていたのが実態である。
また、いまでも語られる安倍氏にまつわる拉致問題関係のエピソードにこんなものがある。
平壌の百花園(迎賓館)で行われた日朝首脳会談の午前中1時間半ほどのやりとりで、金正日国防委員長は拉致を認めなかった。昼食のときに安倍氏が、盗聴されていることを承知のうえで「拉致を認めなかったら日朝平壌宣言にサインをせず、帰国しましょう」と大きな声で語ったおかげで、午後の会談で北朝鮮が拉致を認めて謝罪した、というものだ。
ところが現場にいたある人物は、私の取材に「そんなことがありましたかねえ。違うんじゃないですか」と否定した。
小泉総理たちは迎賓館で日本から持参したオニギリを食べながら、テレビの音量を最大にして「午後の会談で拉致を認めなければ席を立って帰ろう」と語りあったことは事実だ。北朝鮮への対応は関係者の総意であって安倍氏だけが突出していたわけではない。
そもそも首脳会談のはじまる直前には田中均アジア大洋州局長に「5人生存、8人死亡」は伝達されていたから、最後まで拉致を否定することなどありえないのだ。午後の会談で金正日国防委員長は、手もとのメモを見ながら、拉致は一部の妄動主義者が行ったことを認め、謝罪し、生存者の帰国と事実関係の調査を約束した。