文壇バーよりも文壇ジム

――安壇さんはこの対談が先輩作家との初対談だそうですね。小説すばる新人賞を受賞された時は出産されたばかりで作家対談ができなかったと聞いています。

安壇 そうなんです。産んだ一週間後に最終選考に残った知らせをお電話でいただいて。

篠田 それは嬉しかったでしょう。

安壇 そうですね、ダブルで来まして。それで、篠田先生にお聞きしたいことがあるんです。新人賞を受賞した頃にはわからなかったんですが、作家って書き続ける体力がものすごく重要なんじゃないかと。篠田先生は水泳をされているそうですね。

篠田 泳ぎ始めたのはずいぶん前ですが、気が向いたら夏場にぽちゃぽちゃやる程度。お金を払ってジムに所属したのは1989 年ぐらいからですね。
 昔の作家のイメージっていうと、夜の雰囲気ってあったじゃないですか。文壇バーで毎晩飲んでるとか。でもあれ、一種の演出じゃないかなって気がします。基本的には、書き続けるって精神と身体の健康の両方が必要になってくるので。心の健康のためにも規則的な生活が必要ですよね。安壇さんはお子さんが小さいから日常生活がちゃんとしているでしょうけど。

安壇 『ラブカ~』を連載していた頃は、子供を保育園に預けてから9時~17時がっつり書いてたんですけど、これは死ぬなと。作家は体力だなと思いました。

篠田 デビューしたばっかりの時に「篠田さん、文壇バーなんか行く必要ないですから。これからは文壇ジムですよ」って言った女性編集者がいたんです。書くものは不健全でいいけど、精神の健康を保たないと実際にものをつくることはできないという意味かな。

安壇 文壇ジム! 私、お酒ぜんぜん飲めないので、バーは行かないんです。実は去年から自宅で筋トレを始めました。

篠田 えらい! それはいいですよね。お子さんがいると、そうそうジムに通ったりできないものね。次の作品にはもう取りかかっているんですか。

安壇 書き下ろしにかかっているのですが、下調べとかに時間がかかってまして。育児問題みたいな話なんですけど。

篠田 子育て中だからご自身の経験も入るのかな。これからはジャンルとしてはどのあたりを書こうと思ってるんですか。

安壇 どうなんでしょうね。自分ではよくわからないので、一作、一作、書くたびに考えればいいのかな、と思っています。読んでくださる方にジャンルを決めていただくスタイルがいいのかもしれないです。

篠田 『ラブカ~』もこういうジャンルとひとくくりにはできない作品ですね。いい小説ってそういうものかもしれない。エンターテインメントとして「ああ、面白かった」って本を閉じる人もいれば、深遠なテーマに取り組んでいるなと読んでくださる方もいるだろうし。『ラブカ~』は実際にあった事件がヒントになっているとはいっても、小説としての普遍性を備えているから、事件自体が忘れられても残っていくんじゃないでしょうか。そういう力を感じる作品だと思いますね。

初出「小説すばる」2022年7月号

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