スペインの中の「小さな国」
筆者はサッカーのバスク代表監督なども歴任した地元の名士、ミケル・エチャリが友人で、4、5回、美食倶楽部に招待されたことがある。お金では買えない機会だけに、なんとも誇らしい気分だった。
初めて訪れたのは2016年で、スペインの名門サッカークラブ、レアル・ソシエダの練習場があるスビエタ(サンセバスチャン郊外)にある1956年創立の倶楽部だった。
看板はすべてバスク語だし、料理も多くはバスク風。会話も基本的にはバスク語で交わされる。スペインの中にある小さな国に招かれたかのような気分になる。
まずは、バスク伝統の食前酒チャコリ(微発泡のワイン)をたしなむ。ほのかな香りと舌への刺激で、五感が冴え渡る。これから始まる宴の準備といったところか。
野太い腕で料理した荒々しく、野性的な品々がテーブルの上に並んでいった。生ハムやチーズやオリーブをワインで楽しみながら、トルティージャ(スペイン風オムレツ)がやたらとうまい。牡蠣と、とろとろのスクランブルエッグで早くも至高へ近づく。
「今日は市場でいいのが見つかったから」
そこで一人の男性が振る舞ってくれたのは(複数の男性が料理)、魚のかま(えらの裏にあるわずかな肉を削ぎ落したもの)だけをにんにくとオリーブオイルで炒めたものだった。昇天もののおいしさだ。
難しくないレシピのはずだが、目利きが素材を選んでいるのだろう。誰もが魚や肉や野菜や果物を見る目を養い、どの魚屋にいい品が揃い、どの八百屋が新鮮なものを扱っているのか、そもそもの知識量が豊富だった。ウェイターいらずで、料理ができたらフライパンごと持ってきてくれるので、出来立てを厨房で味見している感覚か。
何より、レストランの火力で炒めることができるので、どの料理もワンランク、おいしさが弾むのだ。
こんな“贅沢”をしている人たちを楽しませるのだから、当地店の料理人の腕も上がる。ミシュランの星付き料理人が多いのも必然だろう。バスクの三ツ星レストラン「アルサック」では父娘二代で、世界的な料理人だ。
<料理のおいしさや工夫をわかってもらえる>
そこに料理人も幸せを感じるはずで、自然と技術も上がる。また、人々が店に集まる。
「世界一の美食の町」
それは決して大げさな表現ではない。