巨大な大腸菌の表面にちょこんっとくっつく

僕はその時、ありがちな設定やな、とは思ったけれども口にすることはしなかった。

その様子というのは、映画『スター・ウォーズ』に出てくるスター・デストロイヤーのように、巨大で桿状の物体が複数、細長い鞭毛のようなものを動かして、広い空間の中を泳ぎ回っている風景であった。

「そんなん大腸菌そのままやん!」
と僕とO教授が口を揃えて叫んだ時、周りでまだ片づけをしていた大学院生たちが一斉にこちらを見た。

O教授ももちろん、できすぎの話やわこれ、とは思ったものの、そこはバクテリオファージに変身しているわけだから、淡々と自然の摂理に従うしかないと思ったのだそうだ。やはりO教授も科学者である。

大腸菌と思われるその巨大な物体を目指そうと思った時、自分の周りに、同じ形をしたバクテリオファージたちがいることに気づいた。

O教授は、ああ彼らも大腸菌を目指しているのね、と一瞬思ったが、いやそんなことはないかと思い直した。

バクテリオファージは目も鼻も口もないのっぺらぼうで、脳神経系ももちろんないんだから、どこかに向かって泳いでいくための意思もなければ感覚もないはず。

だから大好物の大腸菌がそこにいたからって、獲物を狙うチーターのようにそこに向かって走っていくはずはない。

自分が「目指そうと思った」というのは、自分がもともと人間だったからそうした思考回路をもっていただけの話であり、実際、周りのバクテリオファージたちは、様子だけ見るとただ闇雲に、そして無目的に泳ぎ回っているだけだったように見えたのである。

バクテリオファージの感染方法 
バクテリオファージの感染方法 
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しかしその中で偶然、巨大な大腸菌の表面にちょこんっとくっついてしまうものが現れる。また次も現れる。あ、また次も、またその次も。
「要するに、偶然の産物なんやな、すべての現象が」
とO教授は語る。

バクテリオファージのその形状と、バクテリアに取りついて細胞質に自らのゲノムDNAを注入し、そこで増えるというメカニズムから、人々は先入観として、バクテリアがそこにいたらバクテリオファージはそこに向かって泳いでいき、突進していき、まるで月面着陸船が月面に降りるかのようにターゲットを絞って着陸するかのように思っているけれども、真実はおそらく全く違うのである。

偶然大腸菌の表面に吸着したバクテリオファージだけが、DNAを注入するメカニズムを自然に作動させ、大腸菌の中でDNA複製機構が自然に機能し、結果として増えることができるというに過ぎない。

ただ、大量のバクテリオファージがそこにはいるから、偶然とはいえ、多くのバクテリオファージが大腸菌に吸着することができ、人間の目にはあたかもバクテリオファージが意思をもって増殖しようとしているように思っちゃう、というに過ぎないのである。
「そのことがよくわかりましたわ。実際に自分の目で見てみて」
とO教授は相変わらず、ボサボサの髪に両目をきらきらさせながら僕の目を見つめ、嬉しそうに語ったのだった。

文/武村政春  写真/shutterstock

微生物になった博士の記録(集英社インターナショナル)
武村 政春
微生物になった博士の記録(集英社インターナショナル)
2026/10/5
2200円(税込)
272ページ
ISBN: 978-4797674880
「ある朝、目覚めたら……」
六人の博士が微生物に変身!

一口に微生物と言っても様々。生活習慣上かなり身近なバクテリアから、生物と密接な関係を構築してきたウイルスまで、概して一般のイメージは悪い。しかしそれは人間の勝手な思い込みにすぎない。本書は、博士自らが、なんと微生物に変身し、その体験を記録した生命科学ファンタジー。ブドウ球菌、インフルエンザウイルス、コロナウイルス、バクテリオファージなど、微生物の目線で彼らの世界を見てみたい。

【本文より】
人間は、自分たちがこの世界を、そしてこの地球をすべて支配していると思い込んでいる。
人間が勝手に国境を作り、国土なる言い方で分割していること、山を所有するだのしないだの、島を所有するだのしないだの、まるで大自然ですら人間が所有するものだ、みたいな風潮でこの世界が成り立っていると言っても過言ではない。
しかし、僕たちは思い違いをしている。
僕たち人間のこの体の中に、外に、そして表面に、様々な目に見えない生物、すなわち微生物が大量に棲息していて、しかもその生物たちがいなければ、僕たち人間は生きていけないからである。
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