鏡に映ったのは正二十面体の頭部

なんかどっかで見たでこれ……。

驚いたO教授は、思わずベッドからピョンっと降りて(このピョンってところをO教授は身振り手振りをつけて表現していたのが可笑しかった)、洗面所の鏡を覗き込み、「ぎゃあーっ」と思わず叫んだ。

 O教授は、
「小泉八雲の『むじな』で、『のっぺらぼう』に主人公が驚くシーンがあるやん? あれみたいなリアクションでしたわ」
と、苦笑しながら語ってくれた。鏡の向こうにいたのはいつもの自分ではなく、のっぺらぼうのような顔、正確に言えば、そこにいたのは正二十面体をした、目も鼻も口もない物体だったのである。

さらによく見ると、完全につるんとしてはおらず、その正二十面体の表面には、細かい物質が毛のように生えていたとのこと。この時点で、腸内細菌の専門家であるO教授は、即座にそれが何であるのか、そして自分がいったい何に変身していたのか、はっきりと理解できたのだった。

「そらもう、疑いようもなくバクテリオファージやん」
と僕はそう口を挟んだ。
そう、とO教授はうなずき、「でもね」と言って話をつづけた。
「バクテリオファージやったら、パートナーはどこにおるん? ってなったわけ」

もちろん、ここでO教授が言うパートナーとは、バクテリオファージが感染する相手の宿主、つまりバクテリアである。

正二十面体の頭部があって胴体があり、そのさきに円盤状の構造があって、そこから六本木の肢が放射状に生えている。

O教授が見たものとその記憶が確かならば、その形状から、O教授が変身したのはT4ファージであることは明らかだったから、そのパートナーと言えば、おのずと知れた大腸菌だろう。

鏡を見て気を失いかけ、ふと我に返って、
「私のパートナーはどこや?」
と、慌てて寝室に駆け戻り、扉を開けた瞬間にO教授の目に飛び込んできたのは、見慣れた寝室の様子ではなかった。