「悪意をもたず、素直に生きる」――109歳までハサミを握った箱石シツイさん
2026年9月1日、「世界最高齢の現役理容師」としてギネス世界記録に認定されていた箱石シツイさんが109歳で亡くなった。
1916年、栃木県生まれ。6歳で関東大震災に遭い、14歳で上京。6年間の下積みを経て20歳で理容師の資格を取得した。結婚後は夫と東京・下落合に店を構えた。
しかし、戦争が人生を一変させる。東京大空襲で店を焼かれ、疎開先では夫の戦死を知らされた。幼い子どもたちを抱えながら、戦後は故郷の栃木で理容店を開いた。
生活は苦しかった。追い詰められ、「一家心中」を考えたことさえあったという。
それでも箱石さんはハサミを手放さなかった。子どもたちを育て上げ、年齢を重ねても店に立ち続け、2025年3月には「世界最高齢の現役理容師」としてギネス世界記録に認定された。
同年11月、109歳の誕生日を迎えた際には、親戚や友人に囲まれながら、
「本当に幸せ」
と笑顔を見せた。
そんな箱石さんに長生きの秘訣を尋ねると、大切なのは食事や運動だけではなく、人との向き合い方だと語った。
「悪意をもたず、素直に生きる」
長い人生で大切にしてきたのは、相手の言葉を必要以上に疑わないことだった。
「邪推を回さず、皮肉にとったりしないで、素直に人とお付き合いしていきたいですね」
109年間には、関東大震災、東京大空襲、夫との死別、戦後の貧困と、いくつもの過酷な出来事があった。それでも晩年の箱石さんから聞かれたのは、恨み言よりも、周囲への感謝だった。
そして何より、理容師という仕事が人生の中心にあった。100歳を超えても客の髪にハサミを入れ、人と会い、言葉を交わす。
「仕事をしていることが元気のもと」
そう感じさせる日々だった。
「悪意をもたず、素直に生きる」。
109年を生き抜き、長年握り続けたハサミを置いた今も、その言葉は静かに残っている。
取材・文/木下未希 集英社オンライン編集部特集班


















