「革新的すぎたのは事実だ。だが、それだけが更迭の理由ではない」

本人も軍と戦争の進め方を巡って意見の対立があったと認めている。しかし、ウクライナ政府高官は断言した。

「ミーシャ(フェドロフ氏の愛称)が革新的すぎたのは事実だ。だが、それだけが更迭の理由ではない」

その後、シルスキー氏も交代し、後任にはミハイロ・ドラパティ氏が就いた。ゼレンスキー氏には、対立した一方だけを切るのではなく、双方を入れ替えることで国民の不満を抑え、立て直しを図る狙いがあったとみられる。

ただ、この「両成敗」は、政権が政策上の対立を調整しきれなかったことの裏返しでもある。軍改革を巡る衝突と政権内部の主導権争いは、きれいに切り分けられない。

改革によって既得権に切り込んだ人物が、大統領府から独立した政治的な力を持ち始めたとき、政策論争は権力闘争へと変わる。

解任の背景には、ゼレンスキー政権が発足当初から抱えてきた人事構造の問題がある。

2019年、コメディアンから大統領へと転身したゼレンスキー氏は、友人や旧知の側近を重用して政権を発足させた。「お友達内閣」との批判は当初からあったが、政治経験に乏しい大統領が信頼できる人材で周囲を固めることには一定の合理性もあった。

泥沼すぎる「お友達内閣」の崩壊

ロシアの全面侵攻後、その結束は非常時における迅速な意思決定につながった。しかし戦争が長期化するにつれ、大統領との個人的な近さが公的な権力へと転化し、独自の経路で国内外に影響力を築く人物との間で摩擦が目立つようになった。

その象徴が、長く大統領府長官を務めたアンドリー・イエルマーク氏である。外交や人事を幅広く取り仕切り、欧米との交渉にも深く関与した。政権内外で「影の支配者」と呼ばれるほどの影響力を持つ一方、その強引な手法は多くの反発も招いた。

アンドリー・イエルマーク氏
アンドリー・イエルマーク氏

2025年11月、イエルマーク氏は解任に追い込まれた。政権の中で、イエルマーク氏批判の急先鋒だったのがほかでもないフェドロフ氏だった。

イエルマーク氏は解任後、汚職捜査の対象となり、国外に出られない状況に置かれた。

しかし、ゼレンスキー氏との個人的な関係や政権内に築いた人脈はなお失われていない。フェドロフ氏の交代を巡っても、イエルマーク氏が報復としてゼレンスキー氏に進言したとの見方は根強い。

公職を離れた側近がなお人事に影響力を持つとすれば、問題は個人間の確執にとどまらない。