暑さは朝から夜まで続く
屋根のない場所で瓦や木材を運ぶ。断水した家で汗をかく。休めば作業は止まり、無理をすれば倒れる。被災者の動きが鈍いのではない。体を守るために、動けないのである。
水がない中で、飲食店も踏ん張っていた。通常に近い形で営業しているファミレスがあった。水をタンクで貯めておける仕組みがあるようだ。明かりがつき、客が席に座っている。それだけで街が少し戻ったように見えた。
別の店は、通常営業はできず、弁当だけを出していた。調理、手洗い、食器洗い、清掃。飲食店は大量の水がなければ動かない。それでも、出せる物だけは出していた。
その店のトイレは使えたようだが、水に余裕がある様子ではなかった。立ち寄った役所では仮設トイレが置かれていた。役所の建物が立っていても、蛇口から水が出なければ平時の機能は戻らない。
被災地では、トイレが使える、弁当が買える、冷房のある場所で座れるということが、そのまま支援になる。
暑さは、どの現場にもついてきた。イオンモールの周囲でも、倒壊家屋の前でも、店を探して走る車の中でも同じだった。それは朝から夜まで続き、眠りまで奪う。河川氾濫も津波もなかったから楽なのではない。水害がなくても、灼熱だけで復旧は遅れる。
高市首相の現地入りは…
高市首相は8月3日、氷川町の避難所などを訪れた。私は当初、少し早いのではないかと思った。首相が来れば、警備や案内に人手を取られる。被災地の職員には、ほかにやることが山ほどある。
だが、8月4日から現地を回り、考えがほんの少し変わった。避難生活が1週間を超えると、「仕方がない」で耐えてきた人の疲れが表へ出る。水がない。眠れない。片付かない。役所へ相談しても、すぐには答えが出ない。
怒りがたまる前に首相が来て、顔を見せ、話を聞いたという意味では、首相のPRとしては悪くない時期だったのかもしれない。
報道陣も、これから減っていくだろう。倒壊した家が直ったからではない。同じ映像がニュースになりにくくなるからである。被災者が本当に苦しくなる時期と、カメラが最も多い時期は一致しない。
今回の初動は、10年前より整って見えた。病院が無傷で動き、道路も多くが使えた。私が歩いた地域に津波や河川氾濫はなかった。被害の広がりが限られたことは間違いなく救いである。













