記憶と香りは相性がいい
――みなさんご存じの通り、小川朔はとても嗅覚の優れた人物です。人に会うだけで、健康状態や悩み、何を食べ、何をしてきたかすべて察知できるほどに。その能力を生かして、古い洋館で完全紹介制のオーダーメイドの香りを作るサロンを営んでいます。『燻る骨の香り』では、まだ二十代の朔が登場。真奈の亡くなった妹・丹穂のお骨から伽羅の薫りが立ちのぼって一同騒然となりますが、その数か月後、朔が訪ねてきます。妹とどんな関係があったのか。朔が朔になっていく謎が解き明かされ、より多面的、立体的な人物として魅力が増します。
千早 朔は遠慮がなく、モラルもない人間なんです。自分の興味・関心事しか頭にない男なのですが、「朔さん素敵」という読者の声がこれまで多く届き、これはちゃんと過去を書いておかねばと思ったのが今作に繋がりました。
――天才ゆえに繊細で孤独な朔ですが、若い頃はだいぶとがってます。才能を持て余していて、悪魔的なところがある。
千早 藤本さんのようなプロの方からすると、あり得ないと思う描写はありましたか?
藤本 いや、そんな風には思わなかったのですが、先ほど江南さんがおっしゃった通り、読んだら香りを感じました。文章のことは門外漢ですが、文体が静かで音がどんどん消えていくぶん、匂いが立っていくのがすばらしいなと。
――たしかに静止画的なイメージが連続する美しさがあります。そこに香りが漂うという不思議な読書体験が味わえます。
千早 藤本さんが「嗅覚は意識すると上がる」とおっしゃいましたが、連載中は電車内であの人のシャツは生乾きだとか、目をつむってても乗ってきた人の生活習慣がうっすら浮かぶというぐらい鼻が敏感になっていて、これ以上はもう無理、という気持ちになりました。
――感受性の強さが反転して棘になるという朔の描写には、ご自身が投影されているんですね。
千早 かなり投影されているので、あまり朔を美化しないでほしいですね(笑)。彼本人は刺しているつもりがなく、事実を口にしているだけですが、言わずにはいられないという暴力性があるんです。朔を客たちに繋ぐ役目の新城も、まだ若くてとがっていますよね。今作は新城派と朔派に分かれるかもしれません。新城は口と態度は悪いけど根がまともな人間です。
――執着心は、シリーズを通じてのテーマになっています。
千早 香りはやはりどうしても自分の意識ではがせないものです。脳に絡みつき、理性を超えて反応が引きだされる感じが、執着と近いのではないかと思いますね。
藤本 ある匂いが起爆剤、スイッチになって記憶を呼び戻すことが多いというのはその通りだと思います。記憶と香りは相性がいい。
千早 香りの記憶は永遠、と本作にも書いたのですが、今いる展示室の無機質な埃っぽさと松栄堂さんのお香が混じったこの匂いは、みなさんと共有する永遠の記憶になったわけです。次にこの匂いを嗅いだとき、強制的に今日のことを思いだすという仕掛けを脳に埋め込まれたのと同じ。ちょっと怖くないですか。
――香りで他人の執着をコントロールできるのか、という展開もありました。いずれにしても小説では言葉で香りを書かざるを得ないわけで、その言語化能力の絶対的な信頼を本作は勝ち取っているともいえます。
藤本 私も商品開発のメンバーと何度も言葉でやりとりをしますが、表現しきれないし、言葉での共有は途轍もなく難しい。それを千早さんは三作通してすごい強度でなさっているなと感じました。
千早 できてるなら良かった。どんな匂いでも、それを嗅いだときに分析する癖があるんです。なぜいい匂いと感じるのか、気に入らないと思うのか。嫌いな人の香水と同じだとか、あの日食べた幸せな食事の匂いと近いからだとか、言葉を与える。私は日記を毎日書くのですが、そこにはなるべく感情は書かず、起きた出来事を描写するようにしています。そうすると、直接感情の言葉を書かずとも、何年かあとに読み直せばその瞬間の気持ちがよみがえる。こうした言語化の練習を続けると、きっと小説も書けるようになるはずです。小説は直接「うれしい」と書くと、もうそこで終わりなので。
――私は京都にある芸術大学の小説を書きたい学生のいる学科で教えていますが、まさに今千早さんがおっしゃったことは基礎的トレーニングにして、言葉をマスターする近道でもあると思います。そして小説家を志していなくても、言葉を大事にするという向き合い方として、生きる指針になりえます。借りものの言葉で片づけないとか、言葉のルーズな政治家を信用しないとか。














