AIが代替できないこと

なかなか選ばない消費の賢くない部分が見えてきません。むしろ、これまで見てきたように、選ばないことには効率性や合理性、偶然を楽しむ柔軟さなど、現代的な知性が垣間見える場面が多くありました。

ですが、今一度、視点を少し変えてみたいと思います。選ばないことによって発生する、ほころびや不都合はないのか。私たちは本当に何でもかんでも選ぶことを避けていいのか。その中で「選ばなくてはならないこと」とは何なのか。その問いに向き合いながら、選択の意義についてあらためて考えていきたいと思います。

AIについて、社会学者の橋爪大三郎さんは、生成AIの登場でビジネス、学校、国民国家の形が様変わりする中で、AIに置き換えられない役割として、「裁判官」を挙げています。著書『上司がAIになりました―10年後の世界が見える未来社会学』に関するインタビューの中で、こう語っています*1。

生成AIは何も考えていないし意識もないんです。(中略)生身の人間をそっくりさんで代替することはできない。たとえば、子どもが欲しいけど、子どものそっくりさんが作れるから子どもは産まなくてもいいや、ということにはなりませんね。(中略)本当の人間同士の関係は生成AIに置き換えることができない。だから裁判官をそっくりさんに置き換えたら、それはルール違反なんです。生身の人間が生身の人間を判断する、法的判断をするというのは、一元化できない、判例をまねすることとは違う。だからそれは人間がやらなければならない。

橋爪さんはAIを良し悪しで論じていませんが、AIは万能ではないこと、どこまでをAIに任せてよくて、どこからは自分で選び、判断しなければならないのかを問い直しています。

『上司がAIになりました―10年後の世界が見える未来社会学』(KADOKAWA刊)
『上司がAIになりました―10年後の世界が見える未来社会学』(KADOKAWA刊)
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理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士もAIの進化は人類にとって脅威になり得ると警鐘を鳴らしていました。始まってしまったAIの開発に歯止めをかけることはもはや難しい、という現実はありますが、「これで良いのか?」という視点を持ち続けることの大切さを多くの識者が訴えています。

「選ばない消費」について丁寧に考察してきたのも、単にライフスタイルの変化を追うためだけではありません。なぜ私たちは選ばなくなったのか、選ばないことで、どう楽になり、何を手放したのか。そして、これから、どんな社会を生きていくのか。こうした問いを私たち自身が考え続けることが必要だと思うからです。

AIの進化によって、選ばないことがどこまでも可能になる時代だからこそ、「あえて選ぶ」「自分で判断する」ことの価値も、忘れずにいたい。選ばないことは、余白を作る戦略でもありますが、それでも選ばなければならない局面は確かに存在することを、静かに心にとどめておきたいと思います。

文/久我尚子


*1 NHKラジオ「マイあさ! 著者からの手紙」二〇二四年一二月放送。

選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観
久我 尚子
選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観
2026/6/17
1,144円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4087214154
情報があふれ膨大な数の選択を迫られる現代社会。
「選ぶことから解放されたい」という感覚は、音楽のストリーミングやファッションのサブスクサービス、生成AIによる最適解の形をとって、若者だけでなく全世代に波及している。
シンクタンクで消費者行動に関する調査・研究に取り組む著者は、その行動を「選ばない消費」と名付けた。
なぜ私たちは「選ばない」ことを選ぶようになったのか。「選ばない消費」にはどんな可能性があるのか。
その実態と背景を解き明かし、私たちの暮らしや価値観のゆくえを考察する。

【目次】
はじめに
第一章 選ばない消費とは何か
第二章 私たちが選ばなくなるまで
第三章 選ばない消費の良いところ
第四章 選ばない消費の意識調査
第五章 選ばない消費は賢い消費なのか
第六章 選ばない消費の今後
おわりに
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