ダメな自分と対峙する力
近年では「失敗学」という学問も登場し、ビジネス書の世界でも長く、失敗の効用がもてはやされています。「失敗は成功への近道」といった、ある種古典的ともいえるコンセプトも、今なお多くのビジネス書で語られています。
さて、ここからは少し視点を変えて、小説家や表現者の言葉に耳を傾けてみたいと思います。消費行動の背景にある価値観や、私たちが無意識のうちに抱えている思いは、ときに作家たちの表現の中に鮮やかに映し出されることがあります。
先ほど触れた「失敗は成功への近道」という考え方は、失敗を学びや成長の糧として前向きに捉える姿勢です。しかし、そうした前向きな失敗観を軽々と超えるような思想を体現していたのが小説家の西村賢太さんです。
「自分自身のことを書く」という私小説は純文学の大きな柱の一つとして存在しますが、そういった私小説は戦後、あまり書かれなくなりました。
高度成長期は、後に映画『ALWAYS三丁目の夕日』で描かれたようなみんなで前を向こうとする時代で、自虐的な作風は受け入れられなかったのです。
その後、バブルが崩壊しデフレが定着した2011年に『苦役列車』で芥川賞を受賞し、文壇に登場したのが西村さんです。
彼が異彩を放っていたのは、ご自身が「陰惨」と表現されているような不都合なことも逃げずに書いたからではないでしょうか。
それまでの美化が混じった私小説の流れをひっくり返せた、もしくはありのままの描写が受け入れられたのには、自虐に対して寛容となった世相が関係しているのでしょう。飾らずに、自虐的にもがく姿をさらけ出した作風が、時代にうまくマッチしたのです。
芥川賞を受賞した際、読者から「こんなにダメな人がいるんだから、自分はもっと頑張れる」という声が寄せられたことについて、西村さんは「それじゃ、ダメなんですけどね」と返したそうです。他人の失敗を見て安心するのではなく、自らの不完全さと向き合うことが大切だという示唆が、そこには込められていたのでしょう。
レジリエンスといった言葉を耳にすることが増えた今、金原ひとみさんの言葉を借りるとすれば、私たちは「絶望からしか起爆できない」のかもしれません。
そして、こうした「失敗を受け入れる力」が育まれてきたからこそ、選ばない消費も、社会に広く浸透してきたのではないでしょうか。













