NHKで気づいた“民放の思い込み”

—NHKであるということは特に意識はされていませんか?

フジテレビで学んできたことが、NHKで仕事させていただくことによって広がっていくのは感じますね。新しい文化に触れながらNHKに感謝してるのは…何というか私の芸風が制限されることがないんですよ。逆に民放で育ったこちらのほうがいろいろ思い込んでいたのかもと。

—たとえばどのような?

よく「番組には“情報性”を入れるべき」という呪縛がありますよね。ただ面白いことをやるんじゃなくて【視聴者のタメになる情報】を取り込めと。

私はもちろん「知性と教養のNHK」にもその傾向は強いはずだと構えていましたが…全然ないんです(笑)。少なくとも私が存じ上げている制作者の方々はドキュメンタリーとしての面白さを追求し続けていて、プロデューサーの末次(徹)さんはじめ、みなさんの口から“情報性”の3文字が出てきたことは…うん、ないなあ。

片岡飛鳥プロデューサー
片岡飛鳥プロデューサー

—情報性の少ない番組。

行列のできるパン屋さん夫婦のVTRで、美味しそうなパンをアップで撮るみたいなことが重視されない。どこかのテレビ局にはそういうプロデューサーがいると思うんですよ。「ラーメンの湯気ちゃんと撮ってこいよ」って。でもそのラーメンは本当にその番組に必要なのか? その湯気は一体誰が求めていて、また誰に配慮して放送されるのか?

私は番組作りにおいては基本的に「視聴者への配慮」以外は何も必要ないんじゃないかと思うんです。だって見ている視聴者がめっちゃ幸せになれる番組が作れたら、たとえば出演者もスポンサーもテレビ局もみんな幸せなんじゃないのって。

もちろんテレビである以上は視聴率があって、その漠然とした不安から「とりあえずのグルメ」とか「とりあえずのイケメン」とか、番組の本質とは特に関係ないものをゴチャゴチャ取り込むことを「足し算」と呼ぶなら、2人の人間だけを扱うこの『アイカタ』は「引き算」そのもの。番組の空気がとても澄んでいるからその関係性もよりクリアに見えているのではないかと。