2001年に片岡飛鳥が自ら撮った加藤浩次の顔
—過去の自分との対話。いいですね。
25年も前の『めちゃイケ』の話ですが、加藤さんが妻・香織さんとの結婚と第一子の妊娠・出産を隠していた半年間を、当時流行っていた『冷静と情熱のあいだ』(※注2)になぞらえ『結婚と出産のあいだ』として、極秘にカメラを回していたドキュメンタリーがありました。
律儀に一番最初に私のところへ報告にやってきた加藤さんに「加藤、面白いからこのことはメンバーには黙ってようか?」って言って。「狂犬・加藤浩次が半年後に突然メンバーの前に赤ちゃんを抱いて現れたらみんな腰抜かすから」って(笑)。
いざ極秘企画を立ち上げてみたらチーフカメラマンの辻(稔)にさえ事情を説明できないから私自身がカメラを回して撮影するしかなかったんですけど、放送後に作家の高須(光聖)さんに「あの加藤の顔は飛鳥じゃないと撮られへんな」って言われて…お互いに強い絆のようなものを感じながら撮っていたのはたしかで。
—その時の加藤さんのリアルな表情は、片岡さんとの関係性があったからこそ撮れたものだったと。
考えるとカメラ1台でタレント1人と向き合うディレクターの仕事って、被写体との距離感が測れて、画が作れて、編集のことも考えられて、そのうえ空気が読めて喋り相手までできなければならない。それって演出の総合格闘技のようなワンオペ状態。どれくらい「撮る側」として「撮られる側」のことを考えているのかも一発で露見してしまう。私はあの時、愛情を持って加藤さんを撮っていたつもりだけど、それはレアケースの信頼関係があってこその撮影でした。
ならば、仮説として「撮る側」と「撮られる側」の間にすでに愛情が担保されている2人で撮影を始めてみたら? という検証がこの『アイカタ』の企画のキッカケ。世の中の夫婦だったら、きょうだいだったら、師匠と弟子だったら、最初から愛情は担保されている。じゃあ手っ取り早くそこにカメラを渡しちゃえば面白いのが撮れるんじゃないかって。
—『めちゃイケ』と『アイカタ』の違いってなんでしょうか。
『めちゃイケ』も『アイカタ』も私の中では地続きというか、やってることの本質は同じだと思います。その人と向き合い、その人の魅力的な部分をカメラで切り取る。それはテレビでも配信でも映画でも変わらないはずなので。
以前NHKの編成のエラい人から「『アイカタ』の命は“選択”だと思います」っていうメッセージをいただいたことがありました。誰をキャスティングするかってことですよね。番組でも一番会議に時間をかけるのはそこです。
そして出演していただけることになればタレントさんはもちろん一般の方にとっても「何が起きても大丈夫」な包容力のある番組なのかなと。『めちゃイケ』とも線引きしていないのは、「『アイカタ』だってなんでもできるよ」って思ってやってたほうが面白いものになるから。「この番組はこうじゃなきゃいけない」とか思い込まないほうがいい。平成も令和もそこは一緒です(笑)。














