「殺意があったんじゃないかと言われても、言われるのは当然だと思います」
被告人いわく服を脱いだことで「本当に死にたい人」と確かめられたのなら、なぜその後に脱がせた服を着せなかったのか。
神居大橋の当時の気温は5度である。そもそも脱がせた服は小西受刑囚と自身で手分けして草むらに廃棄しているから、返すつもりも二度と着せるつもりもなかったのではないか。検察側は内田被告にそう質問した。そして、内田被告はこう答えた。
「服を脱ぐのをAさんが断れば、死ぬ気がないと確認できると思っていました。でも、服を脱ぐことが本当に死にたい理由になるという当時の考えが、間違えだったと気づきました。(裸になるのを)断られなかったからです」
間違いに気づいたのなら、脱がせた服も靴も返してやるのが当然だが、それもせずに全裸のまま冷たい欄干に座らせたのはなぜか。
検察側はここで冷静にこう質問した。以下、しばらくやり取りを列記する。検察側が「」、内田被告が<>だ。
「欄干に座らせた目的を聞きます。Aさんを本当に危険な目に遭わせて『死にたい』と言うのをやめさせようとしていたのに、『死ねや』と繰り返したのですか」
<はい>
「客観的に逆のことをしていることになりますよね」
<なります>
「Aさんを欄干に座らせることが、本当に危険なことになると思ったのはなぜですか」
<バランスを取ってないと落ちてしまうからです>
「あえてその状況にしたのですか」
<はい>
「落ちたらどうなるかもわからなかったのですか」
<はい>
「落ちたら死ぬかもしれない状況なのに、Aさんに(対する)殺意があると思いませんか」
<(しばらく沈黙の後)今は思います>
呆れて「今は、あるんですか」と質した検察側に、内田被告はこう答えた。
<(沈黙)当時は殺意をもって欄干の上に座らせていたわけではないですが、今はそんなに危険なことを…危険なことをしていたので…殺意があったんじゃないかと言われても、言われるのは当然だと思います>












