「奢らせてくれる女性=やらせてくれる女性」?
高度消費社会に突入した1980年代から、恋愛という行為に大きな商品価値が生まれるようになった。純愛や熱愛を描いたテレビ番組やコミックが高い人気を集め、ラブソングを歌うミュージシャンや愛について語る作家が若者の教祖的な存在となっていく。
「若者たるもの、恋愛しなければいけない」という強迫観念が生まれたのも、この時代である。
1976年に平凡出版(現マガジンハウス)より創刊された男性ファッション誌『POPEYE』は、当初はアメリカのカウンターカルチャーに関連する商品をカタログ的に紹介する雑誌として創刊されたが、1980年代には女性とのデートの作法や技術を解く恋愛のハウツーやマニュアル記事が多く掲載されるようになる。
1979年に36万部だった同誌の発行部数は、1985年には75万部まで倍増している。1979年に創刊された『Hot-Dog PRESS』でも、マニュアル的な恋愛に関する記事が取り上げられるようになった。
女性誌では、読者による恋愛体験の手記が掲載されるようになり、恋愛の疑似体験ができるマンガや小説が人気を博した。「女性は疑似体験を求め、男性はマニュアルを求める」という構図は、その後も時代を超え、形を変えながら繰り返されることになる。
女性誌における恋愛マニュアルに関する記事の中では、デート中の振る舞いや仕草、言葉遣い、化粧、ファッション、コーディネート、スタイルなどの要素が恋人としての魅力、すなわち恋愛関係における性的な魅力として語られるようになった。男性側に課せられた役割は「2人の関係をリードすること」であり、女性に課せられた役割は「魅力によって相手を惹きつけること」であった。
1980年代後半のバブル期には、女性にご飯をご馳走するだけの男性を意味する「メッシー」、女性の足代わりになって車で送迎する「アッシー」、プレゼントをくれる「ミツグくん」などの言葉が流行語になった。
なぜ、当時の男性はそうした(報われないこともある)贈与を女性に対して献身的に行っていたのだろうか。その背景には、男性が女性に奢るということは、女性が男性のリードに身を任せること、すなわち関係を進展させる意思表示である、という前提があったからだ。
男性側が奢ることもできる関係性とは、性交渉の可能性をも含む親密な関係にあるということを裏付けるものであった。つまり当時の男性にとって、「奢らせてくれる女性=やらせてくれる女性」という認識があったわけだ。女性が奢らせてくれることも、送迎させてくれることも、プレゼントを貰ってくれるのも、すべて「セックスのOKサイン」として捉えられていた。













