世界はもう、日本人が信じてる「お行儀の良い法律」では動いていない

フロリダ州パームビーチにある邸宅「マール・ア・ラゴ」。アメリカ大統領・ドナルド・トランプは、高々と凱歌をあげた。テレビ画面で見えるトランプの背後には星条旗と青いカーテンがあり、目の前には世界中のカメラが並んでいる。

トランプ大統領
トランプ大統領

一方で、ニューヨークの連邦施設には、くたびれた姿で手錠をかけられた男が連行されていた。かつてベネズエラという国を支配し、絶対的な権力を誇ったニコラス・マドゥロだ。

対照的な二つの光景は、世界が新しいフェーズに入ったことを残酷なまでに示している。独裁者が捕まり、強大な軍事力を持つ大国が「正義」を執行した。しかし、日本から聞こえてくる声は、感傷的な合唱ばかりだ。

「国際法違反だ」「力による現状変更は許されない」「石油を狙った帝国主義だ」。日本のメディアや識者たちは、批判を繰り返している。「ロシアがウクライナを侵攻したときはあれほど怒ったのに、アメリカがやると黙るのか」という「ダブルスタンダード(二重基準)」を指摘する声もある。

だが、はっきり言おう。そうした批判のみに明け暮れているようでは周回遅れだ。なぜなら世界はもう、日本人が信じているような「お行儀の良い法律」では動いていないからだ。

「侵略」か「圧政からの解放」か

まず、日本人が憤る「主権侵害」という点について考えてみる。確かに国連憲章に照らせば、他国への軍事侵攻は違反となる可能性が高い。しかし、ここで視点を変えベネズエラ国民の立場に立てば、簡単に「アメリカの侵略」とも言えまい。なぜなら「圧政からの解放」ともいえるからだ。

日本人が守ろうとしている「主権」とは、一体誰のためのものか。それは、国民を飢えさせ、拷問し、国外へ追いやってきた独裁者が、権力の座に居座り続けるための盾でしかない。マドゥロ政権下で、国民はゴミを漁り、病院には薬がなく、子供たちが栄養失調で死んでいたと報告される。そして数百万人が難民となって国を捨てた。