2025年度冬は予備率が4.8%まで低下
では、現在の東京の電力供給は、この3%の壁を盤石に守り切れる状態にあるのか。一見すると、東京の電力供給は安定しているように見えるかもしれない。しかし、その内実は、綱渡り運用でかろうじて成り立っているのが実態だ。
2024年度の冬、東京エリアの予備率は10%以上を確保できる見通しであった。ところが、2025年度の冬、特に最も寒さが厳しくなる1月と2月の予備率は、4.8%まで半減している。これは、3%という「死のライン」のすぐ側まで追い詰められていることを意味する。
なぜ、世界有数の経済都市である東京が、これほどまでに貧弱なエネルギー基盤しか持てずにいるのか。その背景には、3つの構造的なリスクが存在する。
第1に、火力発電への過度な依存と、その設備の深刻な老朽化である。東京の煌びやかな夜景を支えているのは、東京湾や太平洋沿岸に立ち並ぶ火力発電所群だ。
しかし、資源エネルギー庁の資料によれば、東京エリアの供給力に含まれる火力発電設備の約2割が、運転開始から30年以上を経過している。人間で言えば、引退すべき年齢を超えてなお、過酷な労働を強いられているような状態だ。
東電幹部「今冬、計画停電に現実味があると認めざるを得ない」
この危機的な状況について、東京電力の幹部は、筆者の取材に、背筋が凍るような証言をした。この幹部は、現在の首都圏におけるエネルギー供給の脆弱さを、次のように表現している。
「30年を超えた火力は高経年化も懸念される。首都のエネルギー供給は、古びたエンジンをだましだまし動かし、いつ故障してもおかしくないトラックで、日々の生活物資を運んでいるようなものだ。こうした綱渡りの状況下では、今冬、計画停電に現実味があると認めざるを得ない」
実際、8月末には火災などのトラブルで複数の発電所が計画外停止し、予備率が急低下する事態も発生した。老朽化した設備は、いつ止まってもおかしくない爆弾を抱えているに等しい。
第2のリスクは、燃料調達の不安定性である。火力発電の主燃料である液化天然ガス(LNG)の在庫は、2025年10月末時点で約197万トンと、過去5年間の平均値を下回る水準で推移している。
中東情勢などの国際情勢が緊迫化し、あるいは異常気象による輸送の遅延が起きれば、燃料不足が電力不足に直結する。
地球温暖化が解決してくれるわけでもない
第3のリスクは、再生可能エネルギーの限界である。太陽光発電は天候に左右され、夜間や悪天候時には全く機能しない。需要がピークに達する冬の夕暮れ時に、太陽光は頼りにならない。
さらに、気象条件も我々に牙をむく。「地球温暖化が進んでいるのだから、冬は暖かくなり、電力需要も減るのではないか」。そのような安易な期待もまた、現場を知る人間によって完全に否定された。先述の東京電力幹部は、次のように断言している。
「温暖化によって平均気温が上がることがリスクを減らすことはない。1日でも寒く、太陽が出ない日があることがリスク」
ビジネスにおいて、平均値だけでリスク管理を行う経営者はいない。電力需給も同様だ。年間の平均気温ではなく、最強寒波が襲来し、太陽光発電が稼働しない「最悪の1日」に耐えられるかどうかが全てである。
平均して暖かくても意味がない。たった1日、たった数時間、電気が足りなくなれば、社会は大混乱に陥るからだ。
想定外は1つ起きるだけで警報圏内に突入
仮に、次のようなシナリオを想定してみよう。
2026年X月中旬、強烈な寒波が首都圏を襲い、気温が低下。需要が急増する中、東京湾岸にある大規模な火力発電所が1基、老朽化によるトラブルで緊急停止する。
同時に、中東情勢の悪化でLNGタンカーの到着が1日遅延する。この複合的な事態が発生すれば、東京エリアの予備率は瞬く間に1%を割り込むだろう。東京電力管内は、もはや「想定外」が1つ起きるだけで、警報圏内に突入するほどに追い詰められているのだ。
この絶望的な状況を打開する、確実かつ唯一の方法は、東京電力ホールディングスが所有する世界最大級の原子力発電所、柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)の再稼働だ。
柏崎刈羽原発には7基の原子炉があるが、そのうち6号機と7号機は、新規制基準に基づく安全審査に合格済みだ。
特に6号機は、燃料装荷を行った上での検査など、初準備が2025年10月28日までに終わり、「技術的な起動準備が完了」した状態にある。
エネルギー価格の高騰は、経済活動の首を真綿で締めるように苦しめる。高コストな化石燃料や不安定な再生可能エネルギーに固執することは、日本企業に重い足枷をはめ、国民に目に見えない重税を課しているのと同じだ。企業は利益を圧迫され、賃金は上がらず、経済は停滞する。
リスクを管理し、便益とのバランスを冷静に判断
安価で安定した電力供給こそが、自由な経済活動を支える基盤であり、国民の豊かさを守るための最低条件である。この単純明快な理屈を無視し、イデオロギーのために経済を犠牲にする態度は、国民に対する背信行為と言っても過言ではない。
国際原子力機関(IAEA)が2015年に公表した報告書は、福島第一原発事故の科学的な原因を冷静に分析している。
「事故の直接的な引き金は、日本の北東海岸を襲った巨大津波によって引き起こされた、長時間の全交流電源喪失であった。(中略)この電源喪失により、3つの稼働中原子炉の炉心冷却機能と、4つの原子炉の使用済み燃料プール冷却機能が失われた」
報告書が指摘するように、事故の根本原因は「電源の喪失」であり、原子炉そのものの構造的欠陥ではなかった。この教訓に基づき、柏崎刈羽原発では、非常用電源を高台に移設し、防潮堤を建設するなど、考えうる限りの何重もの安全対策がすでに施されている。
リスクを0にすることはできないが、リスクを管理し、便益とのバランスを冷静に判断することこそが、成熟した態度ではないか。
冬の寒さは待ってくれない。我々に残された時間は少ない。新潟からの再稼働容認というニュースは、理性が感情に打ち勝ち、現実が理想論を凌駕した証として記憶されるだろう。
古びた火力発電所が悲鳴を上げ、完全に停止してしまうその前に、我々は使える最強のカードを切る決断を下さなければならない。
文/小倉健一













