杉田俊介(すぎた しゅんすけ)1975年生まれ。批評家。『非モテの品格』『マジョリティ男性にとってまっとうさとは何か』ほか著書多数。

西井開(にしい かい)臨床社会学研究者、一般社団法人UNLEARN理事。著書に『「非モテ」からはじめる男性学』がある。

川口遼(かわぐち りょう)社会学修士。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。共著に『私たちの「戦う姫、働く少女」』など。

天野諭(あまの さとる)保育士。立命館大学大学院人間科学研究科博士後期課程在学中。著書に『保育はジェンダーを語らない』がある。

「男の子が雑に扱われる問題」─部活の「しごき」をどう捉えるか

杉田 「男の子が雑に扱われる」問題を議論の入り口にしましょう。差別やハラスメント、また「男らしさを維持するコスト」といった問題とは微妙に違うところに、男性の身体が「雑」に扱われたり、あるいは「男性」として雑にまとめられてレッテルを貼られたりするという問題がある、そうした話ですね。

天野 「雑問題」というのは、女の子のほうが大切にされていて男の子のほうが差別されている、という単純な対比の話ではないということがまず前提にあると思います。確かに、社会全体を見渡すと女性差別的な構造は依然として根強く存在する。

でも、ここであえてマジョリティとして下駄を履いているはずの男の子にフォーカスしてみると、その扱い方がどこか雑というかぞんざいで、配慮の行き届いていない状態がある。

男の子という性別について、マジョリティすぎるがゆえにそもそも議論する機会が少なかったのではないか、ということです。それから、個々の保育者の対応が良くないという話をしたいわけじゃない。もっと俯瞰的に、理論的に考えてみると「男の子とはこういうもの」「男の子なんだから恥ずかしくないだろう」などのジェンダー・バイアスが、保育や教育の現場にも構造的に組み込まれているという点を指摘したいのです。

昨今、過剰な「しごき」は暴力やハラスメントの文脈で語られ、理不尽なものとして捉えられています。女子学生から聞こえてくる「しごき」体験は、例えば「パイプ椅子を目の前で床に投げつけられた」など威嚇や怒鳴りによる八つ当たり、あとは罰走などでした。どれも酷い体験だなと思いますが、間接的な暴力・ハラスメントが中心でした。

興味深いことに、「しごき」について、女子学生の一部から肯定的な意見も聞かれました。「厳しくしごかれたことが、今では人生のプラスになっている」「倒れるギリギリまで追い込まれたことで精神力が鍛えられた」など、自身の経験を前向きに捉えているのです。

一方で、男子学生からは肯定的な意見がほとんど出なくて、「首を絞められた」「集団でビンタされた後に一人ずつ『ありがとうございました!』と言わされた」「殴られて骨折した」など、直接的な暴力が語られました。その語りの中にはルサンチマン的なニュアンスも感じます。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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この違いを見て、男子が部活動の「しごき」において、より身体的暴力に晒されやすい可能性を考えました。「しごき」体験における質的な違いが、男女にあるのかもしれません。プライベートパーツだけに限らず、男子の身体が「雑」に扱われているのです。