田舎の玄関の鍵じゃないんだから
手術にあたっては手術の目的や内容が書かれた同意書が作られる。僕は気絶していたので家族である妻がかわりにサインなどをしたのだが、それには医者語でもっと怖いことが書いてある。こちらも参考に一部を引用してみよう。
◎急性重症膵炎後、後腹膜感染、敗血症性ショック状態、腹部コンパートメント症候群で、状態が悪いです。内科的治療を行っていますが、改善が乏しく、外科的治療が必要と判断します。
◎開腹して腹部減圧し、可能な限り後腹膜のドレナージを行います。本日の手術では減圧のために閉腹せずに、開放したままであり、状態改善時に閉腹手術が必要です。
何を言っているのかわからないと思いますが、要するに「ちょっとマズイから腹切るわ。で、しばらく開けっ放しにしとくわ」ということを言っています。怖すぎる。
当時の状態としては常に熱が38~40℃くらい出ていて、看護師さんから「お腹にでっかいメロンが入ってるみたいだった」と言われるくらい腹部がパンパンに膨れ上がっていた。さらに血液中に細菌も確認されていた。この感染が広がると体内の臓器が次々にダメになっていってしまうので結構マズイ。
もともと肺に水が溜まっている上に、腸がパンパンに腫れたことで物理的に息ができない状態になってしまった。しょうがないのでお腹を開けて物理的に腸を外に出しましょう、そのあと閉めらんないけど――というわけだ。田舎の玄関の鍵じゃないんだから開けたらちゃんと閉めてほしい。
細菌による感染あり、開腹手術ありというのは重症急性膵炎の中でも最悪のルートで、年に1人いるかどうかのレアケースらしい。パチンコがわかる人には、ケンシロウがキリン柄背景+赤文字で「お前はもう死んでいる」ってセリフを言ってきてるレベルとでもいえば、なかなかのアツさであることが伝わるかもしれません。
実際このときは三途の川をジェットスキーで爆走する勢いで死の淵までいっていたらしく、通常は面会謝絶のICUに家族が集められて「心の準備をしておけ」「最後になるかもしれないから顔を見ておけ」など、かなり強いことをいろいろ言われたそうだ。
当時僕の病気についてネットでかたっぱしから調べた妻いわく「敗血症性ショックだけでも死亡率30~50%くらいと言われているのでこの時点で突然心停止してもおかしくなかった」とのこと。パチンコ海物語だったら魚群が出たくらいの期待度ですね。
「そもそもお腹を切ったまま放置して人って生きてられるの?」という疑問もあるかもしれない。僕もそう思った。一応お腹にブヨブヨしたパッドのようなものを貼り付けて密封保護をしてくれるので、あんまり動いたりしなければ大丈夫らしい。
僕はこのあたりの事情をあんまり理解しておらず、なんか手術することになったらしい、と思って全身麻酔で気絶して気が付いたらもう“そうなっていた”という感じなのだ。
手術前に看護師さんが深刻な顔で手を握って「頑張ってくださいね……!」とか言うので、「頑張るのは僕じゃなくて医者では?」とぼんやり思っていた。頑張ってくれて本当にありがとうございました。
お腹の部分は怖くて自分でもちゃんと見れなかったのでどうなっていたのか、あんまり覚えていない。ただ、妻や家族は膨らませた自転車のチューブみたいな腸が腹の上にこんもり乗っている写真を見せられて「うわぁ……」と言ったらしい。すごいね、人体。
文/たろちん













