厄介事と息苦しさ

過疎地域には相互扶助の精神が根づいている。相互扶助の代表的な組織として自治会がある。地域によっては町内会・集落会・村落会・区会とも呼ぶ。主な活動内容は、道路清掃・草刈り・柵の修繕・冠婚葬祭・地域行事・ゴミの管理・防災管理・高齢者の見守り・児童の見守り・会費の集金・広報誌の配布等がある。

また、教育委員会では自然体験学習会や、モノづくり教室等を定期的に開催している。そこでは高齢者が子どもたちに自然を巧みに扱う術を教えている。組織の構成員で互いに支え合う関係性は先人たちがつくり上げた誇るべき伝統である。

その一方で、厄介事や息苦しさを生み出す要因にもなる。

まず、相互扶助は他者を監視する。たとえば、「あの人があれをしている」「この人がこれをした」と裏でコソコソと言い合う。「火のない所に煙は立たぬ」と言うが、過疎地域では火のない所に煙が立つ。

やってもいないことを「やっている」と言われることがよくある。

次に、相互扶助は関係性があいまいだ。仕切りたがりが偉そうにして場の雰囲気を悪くすることもあるし、場を取りまとめる者がいなくて困ることもある。

たとえば、草刈りを終えたあと、高齢者が「次も手伝うよ」と住民に伝えた。その住民は「来ても来なくてもよいよ」と返答した。まるで役に立っていないかのような返答に高齢者は激怒した。

「雨降って地固まる」と言うが、そう都合よく揉め事は収まらない。ぬかるんだ状態で放置するしかない。

移住者は転居の選択肢を持っているが、地元の住民はその選択肢を持っていない。住み慣れた地域で暮らす手段として、厄介事や息苦しさを受け入れている。誰しもが何かしらのわだかまりを持ちながら暮らしている。

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それでも、地域内の揉め事は「顔を合わさない」という逃げ道がある。その逃げ道がないのが職場だ。職場での揉め事は相手を退職に追い込むまで続く。

よくあるのが、根拠のない指導や注意を繰り返して揉めるパターンだ。そのような職場のギスギスした状態は一見してわからない。どちらかの退職が決まって「またそうなったか」となる。過疎地域では定期的に似たような揉め事が起こる。住民同士でいつも揉めているし、親族間でも揉めている。よく揉めるものだと思う。

住民はこれまでの経験から揉め事が起こり易いことを知っている。そうならないよう普段から穏やかな言葉を選び、ゆるやかな口調で話すよう心掛けている。

たとえば、日本各地の方言の多くは語尾を装飾する。だに、だら、ずら、けん、だがや、け、にゃ、みゃあ、ちゃ、等だ。言葉尻を柔らかくすることで敵意がないことを相手に伝える。

揉め事が多い地域で暮らすための知恵と工夫である。揉めるのが嫌とかではなくて、揉めるものだと考えておくことが大切だ。

写真はすべてイメージです 写真/Shutterstock

田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来
花房尚作
田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来
2025/8/20
1,100円(税込)
304ページ
ISBN: 978-4334107376
日本の国土に占める過疎地域の割合は約60%。「田舎は危機的状況にある」「過疎地域は悲惨」――。「田舎=過疎地域」にはネガティブな言説が付いてまわる。しかし、こうした言説の多くは「都心の思考」で発信され、「都市部の都合」を田舎に押しつけている。だが、田舎は本当に悲惨なのか? 都会の思考とは異なる合理性に裏打ちされた「田舎の思考」を明らかにし、過疎地域で暮らす人びとの日常を通して日本の未来を考える。
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