陰謀論に「今回の騒動の全容がやっと見えてきました」

こうした絶体絶命の状況で、「陰謀論」が登場する。田久保市長が一部の支持者たちの間で「英雄」として語られ始めたのである。その物語はこうだ。

伊東市の豊かな自然を破壊するメガソーラー(大規模太陽光発電所)の建設計画がある。田久保市長は、この計画に敢然と立ち向かい、中止に追い込んだ。計画を進めて巨額の利益を得ようとしていたのは、中国や韓国などの海外資本である。

計画を潰された海外勢力は、市長を逆恨みし、失脚させるために学歴問題をでっち上げた。メディアも海外勢力に買収されており、一斉に市長を叩いている。だから、市長を批判する人々は皆、海外勢力の手先なのだ、というものである。

田久保市長自身も、SNS上で「今回の騒動の全容がやっと見えてきました」と投稿し、背後に何か大きな力が働いていることをほのめかした。この単純明快な物語は、複雑な現実から目をそむけたい人々にとって、非常に魅力的に映るかもしれない。

そもそも火種をつくったのは市長なのではないか…

しかし、この陰謀論は事実に照らし合わせると、いくつもの重大な矛盾点を抱えている。

まず第一に、問題の火種を作ったのは誰かという点である。

学歴に関する疑惑が生まれたのは、市の広報誌に「東洋大学法学部卒業」という事実と異なる経歴が掲載されたことがきっかけである。この記載の責任は市長自身にある。

疑惑が浮上した後の対応も、すべて市長自身の判断で行われた。説明を二転三転させ、証拠の提示を拒み、事態を悪化させたのは市長自身の行動である。

集英社オンラインの取材時、田久保市長が持参した東洋大学の卒業証書(撮影/集英社オンライン)
集英社オンラインの取材時、田久保市長が持参した東洋大学の卒業証書(撮影/集英社オンライン)

海外の勢力が何もしなくても、市長の不誠実な対応が市民や議会の不信を招き、騒動を大きくしたことは明らかである。問題の根本は、外部からの攻撃ではなく、内部から生じた信頼の欠如にある。

第二に、なぜこれほど多くの人々が市長を批判しているのかという点を考えなければならない。

市議会の全議員、1万人を超える署名をした市民、地元の経済団体。陰謀論を信じるならば、これらの人々が全員、海外勢力に操られていることになる。これはあまりにも非現実的な話である。

彼らは伊東市で生活し、市の将来を真剣に憂いている人々である。市政が停滞し、自分たちの暮らしに悪影響が及ぶことを心配している。市長の行動が、市のトップリーダーとしての信頼を著しく損なったと考えているからこそ、厳しい声を上げている。

彼らの批判の動機は、どこかの国の利益のためではなく、自分たちのまち、伊東市を思う気持ちから来ていると考えるのが自然である。