美容外科への人材流出で保険診療ができなくなる危機感
さて、こうした待遇格差があるがゆえに、厚労省にはいまのうちに美容外科の開業を規制し、人材流出を止めなければ、いずれ医師不足で保険診療ができなくなってしまうという強い危機感があります。
同省が医師偏在問題の是正のため2024年春から冬にかけて開催した「新たな地域医療構想等に関する検討会」でも、若い医師が自由診療に流出する問題は主要な議題のひとつになりました。
最終的にとりまとめられた案では、2026年度の診療報酬改定に向けて外科医など長時間労働になりやすい診療科の医師に対する経済的支援を議論していくとの方針を定めるにとどまりましたが、途中の議論では、内科や外科など公的保険の対象となる一般的な診療に5年ほど従事した医師にしか自由診療の開業を許可しない案も出たとも報じられています。
美容外科で開業を目指す医師の場合、首都圏の美容外科チェーンで2〜3年勤務医として働いて、そのあと東京・大阪などの大都市で開業するのが典型的なパターンで、地方に赴任することはあまりありません。
厚労省としてはそこに目をつけて、地方の医療に貢献したことのない医師にはクリニックを開業させないようにし、同時に医師の地域偏在も解消する一挙両得をねらったのでしょう。こうした強い規制案は憲法が保障する職業選択の自由に抵触しかねないとして結局は見送られましたが、こんないささか「過激」な案さえ飛び出すほどに厚労省の焦りは深いのです。
美容外科大国である韓国でも近年、医師が大都市の美容クリニックに偏在した結果、基幹病院や地方病院で医師が不足する問題が叫ばれるようになりました。2024年4月には、この解決を目指した尹錫悦大統領(当時)が、大学医学部の入学定員を翌年度から2000人分増やすと宣言したこともありました。
しかしこの方策は、定員の拡大により競争が激化し、収入が減少することを懸念した研修医たちから猛反発を買い、数千人の研修医が基幹病院や地方病院の診療を拒否する大規模ストライキに発展しました。これにより、韓国全土の病院で急患の受け入れが困難になったほか、大病院では手術の約半数がキャンセルされるなどの大混乱が生じました。
*1
OECD,“SocietyataGlance2024:Healthandcareworkforce”
https://www.oecd.org/en/publications/society-at-a-glance-2024_918d8db3-en/full-report/health-and-care-workforce_4b952848.html
*2 厚生労働省「令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
*3 前田由美子「医師養成数増加後の医師数の変化について」日本医師会総合政策研究機構、2022年5月13日 https://www.jmari.med.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/RR126.pdf
*4 「がん手術の医師、40年に5千人不足 『今の医療継続できない恐れ』」朝日新聞、2025年7月25日 https://digital.asahi.com/articles/AST7T2GPTT7TUTFL00TM.html
*5 「『最大の課題は若手医師の外科離れ』、武冨・外科学会理事長」m3.com、2025年4月11日 https://www.m3.com/news/open/iryoishin/1267893
文/奥真也