美容外科への人材流出=「直美」問題

もっとも、こうした地域格差以上に厚生労働省が現在危惧しているのは、診療科による偏在です。2010年代以降、医学部を卒業し、初期臨床研修を終えた若手医師が専門研修に進まずに、美容外科をはじめとする自由診療に集中(「直美」といわれます)する一方、内科や小児科など、保険診療を主体とする診療科には進みたがらない傾向が加速したのです。

日本医師会の関連組織「日本医師会総合政策研究機構」が2022年5月に公表したレポートには、すでに次のようなことが書かれています。

美容外科は、絶対数としては少ないが、最近の増加が顕著である。過去には、若手医師が主たる診療科として美容外科を選択することはほとんどなかったが、2020年は診療所の若手医師(35歳未満)1602人のうち、美容外科が245人である。

(中略)東京都区部一極集中で、皮膚科、美容外科の医師が増えた。診療所若手医師のうち美容外科の医師は15.2%を占める。

(中略)現状は、いくら医師養成数を増やしても、保険診療ではなく自由診療を主とする診療科への医師の流出が避けられない状態にある*3

美容外科志向の高まりは、単に流行や若手医師の志向変化といった表層的な現象にとどまりません。そこには、日本の医療資源配分そのものが抱える構造的な歪みが透けています。

近年、大手美容クリニックの倒産や破産などがありながら、依然として美容外科への就職希望者は多い 写真はイメージです(PhotoAC)
近年、大手美容クリニックの倒産や破産などがありながら、依然として美容外科への就職希望者は多い 写真はイメージです(PhotoAC)

診療報酬制度や、保険診療と自由診療の収益格差、都市集中型の開業環境、そして診療科間の労働負荷の偏り。これらが複合的に作用し、社会的に必要な分野から人材を吸い上げてしまう。「直美」問題は、その象徴的な事例であり、今後の外科医不足や診療科間のバランス崩壊といった、より深刻かつ長期的な課題へと直結しているのです。

たとえば外科医不足について、朝日新聞の報道によれば、2040年にはがん手術を担う消化器外科医が約5200人不足し、現在提供されているがん医療は維持できなくなる恐れが指摘されています*4

また、日本外科学会によると、若手外科専攻医の割合は2018年度の約9.6%から2025年度には8.8%へ低下していて、若手の外科離れが進んでいます*5

NHKの番組でも、外科医の長時間労働や過酷な勤務環境に対する敬遠から、地方の基幹病院では手術枠削減を余儀なくされる事例が紹介され、構造的な担い手不足が全国的に進行している現状が浮き彫りになりました。